校庭の見える窓際側にななしの席がある。その後ろが福田の席だった。だから必然と顔を合わす機会も多ければ、話をする機会も多く、そして知らない面を知る機会も多かった。

 1年の頃は仙道の双子で、仙道に似て抜けているという認識でしか無かった。ななしは部活の時によく顔を出しはしていたが、別段喋ることもなかったし必要だとも思わなかった。あくまでも自分の目標は仙道を超えること。だからななしのことは眼中になかったし、そもそも部員ですらなく用もないのに体育館に来るべきではないとすら思っていた。

 進級しクラス替えをしてこうして接する機会も増え、福田のななしに対するガラリと印象が変わった。
 毎日朝の挨拶をして(寝坊で遅刻をしていなければだが)、昨日の晩御飯がだとかテレビの内容がどうだのと話し(と言ってもほぼななしが一方的に喋っているだけだが)。そして休み時間には、福田の知らない友達とゲームの会話に花を咲かせていて、アーケードゲームが好きなのだと知った。自分が実は涙脆いことを知られ恥ずかしかったが、ななしは否定せず「福ちゃんは優しいんだねぇ」と言われた。ななしが人の長所を見つけるのが上手いのだと、その時初めて知った。時たま餌付けの様にくれるお菓子も甘くて美味かった。

 忘れ物が多くて物の貸し借りが多かったり、兄妹揃って抜けていてたまにどうなのかと思う時もあるが、決して苦痛ではなかった。むしろどこか心地良さすら感じていた。
 友達は人並みにいるが、ななしの様なタイプは初めてでバスケをすること以外に、学校に楽しみを見出したのは初めてだった。

 ただ1つ。本当に止めて欲しいのが、

「仙道ー!!」

 唐突な怒声に福田はビクリと身体を震わせた。
 教壇に立っている教師がななしに向けているものだ。
 隣を見ればななしは寝ていた。船を漕いでいるだとか、頬杖をついて聞いている素振りを見せるだとかそんなレベルではなく、机に突っ伏して寝ている。罪の意識など全くなく、モロバレもいいところだ。

「んー·····ご飯」

 くかー、と全くもって目を覚ます気配のないななしは呑気に寝言を口にしている。何がご飯だなにが。
 くすくすと教室のあちらこちらからせせら笑う声が聞こえる中、福田はななしの背をシャーペンのペン先ではない方で突いた。

「起きろ」

「ん、うん·····?おはよう」

 振り返りざまにへにゃりとした笑顔を向けたと同時に、教師が筒状に丸めた教科書でななしの頭を叩いた。

「いたっ」

「何がおはようか!」

「いやまだ午前中なんで」

 本人に悪気や挑発のつもりはないのだろうが、神経を逆撫でる言い方に教師の怒りに油を注いだ。ガミガミと説教が教室に響いて、思わず福田は耳を塞いだ。
「大体兄妹揃ってお前は云々」という言葉から察するに、クラスは別だが仙道の普段の様子が目に浮かぶ。ななしと同じで居眠りしているのだろう。麗らかな午前の春に似つかわしい怒号を、なるべく教師を刺激しないように耳にしていると、

「福田!!お前も仙道が寝ているんなら起こさんか!」

 これだ。
 教師陣が福田とななしの関係を「友達」と認識しているのだろう。それとも後ろにいるから仙道ななしの醜態が目に見えるだろと言いたいのか。
 どっちでも構わないのだが、なぜ面前で名前を呼ばれ、ついでと言うように叱られなければならないのか。相手によるが、ほぼ毎度のように福田に飛び火する。別に寝ているからって、授業を中断する程の妨害でもないのだから。

 顔が引き攣る。とばっちりを受けているとななしが「ごめん」と両手を合わせてポーズをとっている。
 ななしの後ろの席は楽しくて心地好い。窓際から射す光も、窓を開けた時に吹き込む風も、ここから見える景色も言うことなし。立地条件は最高。

 ただし定期的に飛び火による放火を受ける。

 (ある意味事故物件だ·····)

 良きものにはそれ相応の欠点がある。
 ひとしきり説教をし終えた教師が去った後、ななしの椅子を苛立ち紛れに軽く蹴った。

 (ひゃっ)
 (お前が悪い)