日曜の昼下がり。夏も本番を迎え、茹だるような暑さがバスケ部の部員を襲っていた。室内という環境上、換気をした所でどうしても熱は籠るし屋外から聞こえるセミの鳴き声がジワジワと耳に付きやかましく、イラつきと体感温度を加速させているような気がする。
監督である田岡の地獄のようなしごきに耐えた部員達に、ようやく小休憩が与えられた。汗を拭いたり、熱中症対策に水分補給をしたりと各自の時間を過ごしている中。仙道も例に漏れず水分補給をし体を休めていると、近くにいた越野と○○の会話が耳に入った。
「○○の怖いものってなに?」
「おばけ」
得点板の点数をリセットしている○○が、さも当然と言うように言ってのけたことが面白かったのか越野が口に含んでいたポカリを吹き出しそうになっていた。
(怖いものか·····)
ペットボトルの蓋を締めながら思う。
「お前その年でおばけ怖いのかよ!意外と可愛いところあるんだな!」
「だって怖いじゃんおばけ。取り憑かれたら死ぬんだよ」
「あーはいはい、たしかに怖いよなおばけ」
「全然思ってないでしょ」
ひどーいと○○が膨れるが、越野は全く意に介さない。
「仙道は?」
「え?オレ?」
唐突に話を振られ困惑する。
「まあ仙道に限って、怖いものなんてなさそうだけどな」
「なんだよそれ。オレだってあるぜ、怖いの」
「じゃあなんだよ」
「田岡先生の怒った顔」
「絶対嘘だ」
越野と○○が同じタイミング、同じ言葉を口にした。
遠くで田岡が休憩の終わりを告げる声が聞こえた。
◎◎
と、そんな話があった後日。
仙道が部活を終え下宿先のアパートに帰る頃には、すっかりと日が沈んでいた。その癖セミの独特な鳴き声は相変わらず、日本独特の蒸し暑さも相まって全く涼しさを感ずうんざりさせられる。
今日の晩御飯は何かなと期待を膨らませる。○○が帰宅していることは、遠目から見た明かりで確認済みだ。きっと、いつものように食事の用意をして待っているに違いない。
アパートの鉄階段を小気味よい音を立てながら登る。
「あれ?なにしてんだ」
「あ、彰おかえり」
ちょうど自室の前の手すりに、もたれ掛かるようにして○○がいた。
こちらに向ける表情はどこか元気が無さそうだ。わざわざ出迎えたにしては様子が変だった。眉を下げ、申し訳なさそうに頬を掻きながら○○は言う。
「ごめん、まだご飯出来てない」
「別に構わねぇけど·····、どうした?」
「うーん·····」
○○にしては珍しく、気落ちしたような表情をする。
なぜと聞こうとしたその瞬間。
けたたましいセミの鳴き声が聞こえた。
2人して大袈裟なまでに肩をビクリと震わせた。
音の元は言うまでもなく自分たちが下宿している部屋からで、仙道は全てを察しぎこちない苦笑いを浮かべた。
「窓開けたら瞬間で入ってきて、追いかけ回されて、」
「それで外に逃げたって訳か」
無言で頷く○○。
怖いものは「おばけ」だなんておどけてた○○が怯えているのが面白くて。可愛くて。
○○がおばけを怖がっているのは本当だと知っているし、決して嘘を言っている訳では無い。ただ程度で言えば下なだけで。
ただ本当に苦手としているものは口にすべきではないと。
誰にも自分の弱点を知られてはならないと。
お互い口にはしていないがそういう所が似て、無意識の内に理解しているようで、聞かれても「1番」は答えずはぐらかしたり、3、4番目くらいに該当するものを答えていた。
どうするかなと仙道は項に手を回す。
○○がセミが怖がっているのと同様に、仙道もセミが怖いのだった。怖いというよりも、苦手の部類に入る。
なるべくなら関わりたくもないし、あのフォルムを目にもしたくない。道端でひっくり返って死んだふりをするだとか、高等な嫌がらせをしでかすのだから。
「飯全然出来てないんだろ?」
「ご飯も炊けてない」
「じゃあラーメン食いに行くか」
「セミはどうすんの?」
「飯食べ終わって帰ってくる頃には、さすがにセミも居ねーだろ。窓開けっ放しにしたって盗まれるもんないし」
ああでも釣具を盗まれるのはさすがに嫌だわ。多分ねーだろうけど。なんて言いながら手を差し出す。
○○はその手を握り立ち上がると、2人はアパートの近くにあるラーメン屋に向かった。
「彰、ありがとう」
「別に言うほどのことでもないだろ。何もしてないし」
「私が言いたかったからいいのっ」
誰も彼も○○の本当に怖いものを知らないが、自分だけが知っているという妙な優越感に浸りながら。
今後○○に大切な人が出来て弱音を吐ける存在が現れるまでは、自分だけが知っていること。
(オレだけが知ってればいいんだ)
その事に仙道は少しだけ頬が緩んだ。
帰ってきてもセミは去っておらず、むしろ3匹増えて部屋に入れなかったのはまた別の話。
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