昨日のパノラマ


100本の薔薇の花束、よく小説ドラマでプロポーズに使われる愛の花束。でも実際持ってみると結構重いし腕疲れるし何よりも消費に困る。枯れてしまったら虚しくなってしまうような気がして以前貰った時はそれを突き返してしまった。

「そっかじゃあ要らないね」
「え」

あまりにもあっさりと彼はそれを道端に投げ捨てた。それから私の手を引いて街への道を歩いたのだった。こんな最低な態度をとってしまったのにも関わらず彼はその日ずっと笑っていた。「まぁまぁな値段したんだけど」なんて皮肉めいた言葉は言われたけど。

その次のデートでは一輪の花を渡された。「これだったら重くないし、捨てるにも楽でしょ」という一言つきで。枯れてしまうことを考えると悲しかったが2度突き返すのは申し訳なくて、そっと腕に抱き込んだ。
渡されたその花は1週間もたたずに枯れてしまった。

「はい、これ」

花が枯れてから次のデート、また一輪の花を渡された。また薔薇、なんて思いながら受け取った花をくるくると指先で回した。
これからまた1週間、枯れていく様を眺めていくのかなんて思うとやはり悲しくなる。

「また枯れていくのを見るのね」
「ん?」
「枯れていくのは悲しいなって」

私が目線を下げながらそう呟くと彼は驚いたように目を見開いて何故枯れることしか見ないのかと言った。ああ確かに何故私は枯れることにしか目を向けなかったのだろか。考えて、考えて、浮かんだ一つの言葉を口にしてみる。

「咲いてるうちが綺麗だから」

一瞬静かな風が流れて彼がお腹を抱えて笑い出す。真剣に答えたのに、なんて眉を寄せれば「ごめん、ごめん」なんてちっとも悪く思ってないような声で謝られる。
しばらく笑ったあと呼吸を整えて、こっちを向いたあと静かに「そしたらきみが老けていく様を見るのも悲しくなるのかな」と彼が呟いた。今綺麗だともとれる言葉に照れるべきなのか、それとも怒るべきなのか。
悩んでいる自分がおかしくなってしまって今度は私が笑ってしまった。

「覚悟してこれから100本分毎回渡すから」
「ということは後98回デートしなきゃだね」
「長くいられるっていうことで喜んでよ」

「そうだね」なんて言ってまた2人で笑った。次のデートでも例の品ですなんて言って一輪のバラの花を私に差し出した。


今思えば花束を持っておけばよかったのかもしれない。


ある日公園に人盛りができていた。黄色のテープがはられていて中から担架に乗った人が運ばれていく。頭まですっぽりと隠されているところをみると、どうやら誰か亡くなったらしい。ふわりと季節にそぐわない風が吹いた。その風は人の上にかかった布を一瞬翻して去っていった。

「....うそ、でしょ」

あぁ、なんてこと。
膝から力が抜けてがくりと地面に倒れた。彼だ、愛してやまない彼の姿だった。
その日私は放心状態のまま家に帰った。家に帰れば玄関先で赤い花が花弁をおとして佇んでいた。この貰った花もあと少しの命なのだ、そんなことを考えれば両目から涙がボロボロとこぼれ落ちた。


1年が過ぎた。

ぐしゃぐしゃに枯れた赤のバラはもう原型をとどめていない。せめて、と集めた残骸を瓶にいれて玄関の花瓶に添えて置いてある。
思えば彼は形に残るものは残さなかった。アクセサリーの類は貰ったことがないし、いつでも消耗品を私にくれていた。
あと名前も教えてくれなかったな。
彼がいなくなってから声を忘れた、体温も彼の顔でさえ朧気だ。

あぁ、こうして消えていくのか。

やはり無くなっていくことにしか私は目を向けられていない。枯れてしまうのは悲しいことで、咲いてる時が美しければ美しいほど悲しさは濃さを増すのだ。
「悲しい」なんてもう覚えていない彼を思いながらそっと目を閉じた。