夏の香り

 本当は行きたいと思っていた花火大会。
 食堂のテレビが大々的にそれを宣伝している。
 けれど私が一緒に行きたいと思っている人、つまり尾形は人混みが嫌いだ。誘ったところで断られるのが目に見えている。
 今回の花火大会は諦めよう。そう思っていた。

「花火見たいか?」
「え?」
「今週末やるだろう。久しぶりに。」

 いつのまに近付いていたのか、気配なく背後に現れた尾形はビックリしてる私に気付いているだろうに素知らぬ顔で尋ねてきた。突然すぎて反応が少し遅れたのはしょうがないと思う。

「…まぁ、見たいかな。」
「そうか。」

 それだけ言うとサッと尾形はすぐさま去っていった。
 一体なんだと言うのだ。すでに食堂を出ようとしている彼の背中を目で追うことしかできなかった。



****



「週末、アシリパとここに来い」

 メッセージアプリが尾形からの簡素なメッセージを表示する。すると既読を確認したのかすぐさま地図まで送ってきた。

「もう、なんなのよ。」

 私の都合はお構い無しか!と文句のメッセージを送ると、今日暇だろうが、と返ってきた。まさにその通りだったので何も言えない。
 …くそぅ。
 しょうがないから言われた通り、アシリパちゃんに連絡を取り、言われた場所へと向かった。


「はいはい、〇〇さんとアシリパさんはこっちね。」

 指定されたのは何でもない雑居ビルのようなところ。着くや否やすぐに迎えてくれたのは杉本くんだった。挨拶もそこそこに手を引かれ、ある一室へと連れて行かれた。

「いらっしゃい。」
「カノさん!」

 次に出迎えてくれたのはカノさん。相変わらず女の私よりも美しい。

「貴方はその瞳に映えるコッチね。貴方は落ち着いた雰囲気のコレかしら。」

 そう言って手渡されたのは黒地に白の縞柄、所々に真っ赤な椿が描かれた浴衣だった。

「え?」
「帯はそうね、この朱色が宜しいんじゃないかしら」
「はぁ」
「着付けは出来る?やって差し上げましょうか?」
「……っ出来ます!着ます!今すぐに!!」

 いくら綺麗とはいえ、相手は男の人だ。流石に恥ずかしい。慌てて奥へ引っ込み渡された浴衣に袖を通す。
 これでも一応浴衣くらいなら1人で着れる。姿見で調節しながら帯を形作り、アシリパちゃんが着付けをされている所へと戻った。

「アシリパちゃん着れた?」
「どうだ!私の浴衣姿は。」
「うん、可愛いよ!」

 そう言って私の前でくるりと一回転して浴衣をみせるアシリパちゃんは年相かかか応で可愛らしかった。

「はいはい、じゃあ次は夢野さんの仕上げね。」

 有無を言わさず椅子に座らされ、フェイスカバーを被される。

「和装の時はもう少し口紅を濃い色にした方が良いわ。」
「夢野はいつも控えめな感じだからここぞとばかりに綺麗にしてくれ、家永。」
「ちょ」
「ええ、もちろん。」

 私の意見は完全に無視されて、普段しないぱっちりメイク(と言っても口紅とアイシャドウをいつもより少し濃いめに塗ったくらいだが)をしてもらい、屋上へと促された。


 屋上の扉を開くと、さらに上の階があるらしくそこからひょっこりと顔を出した白石が大きく手を振る。

「ピュウ☆
今日は2人もお姫さんがいるじゃん!」

 こっちに早く上がっておいでよ、と言われ、脇の階段を登る。

「わっ!」

 思った以上に広々としたそこにはテーブルと椅子、他にも色々用意されていた。

「私の焼きそばはもう出来てるか?」
「んもぅ、アシリパさんってばぁ、こんな時でも色気より食い気ぇ?」

 屋台さながらに焼きそばやたこ焼きはもちろん、キンキンに冷えたビールや枝豆もバッチリ用意されていた。

「よう。」
「…尾形」
「人混みは嫌いなもんでな、せっかくだから爺さんに用意してもらった。」

 そしたら余計なもんまでついてきちまったがな、と杉本くん達を指差しながら悪態をつく。しかしその表情は柔らかなものだった。
 ありがとうとお礼を言うと照れ隠しのように髪を撫でながら、ビールを渡された。

「飲むだろ。」
「うん。」

 プシュっとプルタブを開け、泡が溢れそうになるところを慌てて口で受け止めた。シュワシュワとした喉越しが蒸し暑いこの時期に爽快感を与える。
 あっという間に一本を空けてしまったところにソースのいい香りがしてきた。

「嬢ちゃんたち、たこ焼きもあるぞ。あとはお好み焼きも作れるな。
もっと食べたかったら言えよ。」
「わ、牛山さん、ありがとうございます!」

 紳士な牛山さんは屈託のない笑顔で近くのテーブルにそれらを置いていった。出来立てのいい香りに我慢出来ず、アシリパちゃんともぐもぐと遠慮なく頂く。
 辺りを見回すと、少し離れたところにいつものようにリクライニングチェアに体を預けている土方さんを見つけた。
アシリパちゃん達との話がひと段落したところで土方さんのところへ向かう。

「土方さん、今日はありがとうございます。」
「いやなに、私も今日の花火を見たかったからな。」
「ふふ、そうなんですか?」

 そんなスマートさに少しだけときめいているとドンドンと数発花火が上がった。どうやら時間らしい。

「うわぁ…」

 久しぶりにみる花火に開いた口が塞がらない。他の人たちもなんだかんだ同じようで、食べ飲みしている手を止め、魅入っているようだった。
 もっと近くで見れるように、もう一本ビールを開けながらみんなのいる方へと向かう。

「綺麗だね」
「満足か?」
「うん。」

 ちゃっかり尾形の左隣りに陣取り、横並びで花火を見る。
 私の左手にはキンキンに冷えた缶ビール。尾形の右手には煙草。もし会場に行っていたら人ばかり見ていたことだろう。
 贅沢な時間だなぁと呟くと、尾形はははぁと笑った。

「こんなのでいいのか。簡単なヤツだな。」
「簡単なヤツでいいですー。」

 珍しく機嫌が良いらしい尾形は声を出して笑う。

「……尾形、楽しい?」
「あ?……まあな。」
「じゃあ良かった。」

 小さく笑い、また打ち上がった花火を2人並んで見る。
 お互い空いている手を重ね、その温度を感じながら花火を楽しんだ。


 あれだけ楽しみにしていた花火も見ているとあっという間に終わり、そろそろお開きということになった。名残惜しいけれどそれもまた夏の醍醐味というやつだろう。片付けの手伝いをしようとその場を離れようとした。

「おい。」
「ん?」

 すると尾形に腕を引かれ、吸っていた煙草の煙を吹きかけられる。

「浴衣、似合ってんぞ。」
「ちょ、ごほごほっ
も、それ煙吹きかけながら言う、こと?」
「吹きかけることに意味があるんだろうが」
「は?」

 困惑している様子が面白かったのか、それとも涙目になりながら咽せているからか、尾形はまたははぁと笑った。

「意味、ちゃんとそれで調べとけ。」

 持っていたスマホを指差したあと、さっさとその場を去って行ってしまった。
 一体何なのだ、後で文句の一つでも言ってやろうと思いながらも言われた通りに調べる。

「あれ?〇〇さん酔っちゃった?
顔真っ赤だよ」
「え?あ、うん。」

 遠くで尾形がふふん、と笑っているように見えた。
 先程の煙草の香りがまだ鼻に残っている。

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