記念日

「そういえば今日って愛妻の日らしいよ」

 某SNSから流れてきた情報を何気なく夫に話してみたら、ハッと笑われた結婚一年目。

 それから一年後。
 たまたま立ち寄った花屋のブラックボードに書かれた「愛妻の日」の文字に、そういえば去年は鼻で笑われたなぁ、なんて考えながら多肉植物を眺め、欲しかった子を手にレジへと向かった。
 その足でスーパーへ向かい、カゴを手にした。その頃にはすっかり愛妻の日なんて忘れ、今日の夕飯は何にしようかな?なんて考えていた。
 彼、尾形百之助と結婚してもう二年目になる。
 最初は苦手だった料理も今ではそれなりにできるようになった。
 百之助は食に全く興味がなく、ほっとくと栄養ドリンクやゼリーだけで過ごすなんて日もザラだ。それどころか何も食べないなんて日も多々あった。
 いつだったか繁忙期の時にもそんな食生活をしているから、ただでさえ色白なのにさらに青白くなり、本気で怒り、その場で正座をさせお説教をしたものだ。

 結婚してからはそんな事がないように、夜は余程のことがない限り一緒にご飯を食べるようにした。そのおかげか栄養面を考えて色々作るようになった。
 元々料理をする事自体が嫌いなわけではなかったようで、色々な料理を本を見ながら作ってみたし、目でも楽しんでほしくて彩りを考えてみたりした。

 そうしていつの間にか基本的な料理は出来るようになっていたから旦那様様々と言ったところだ。

 今日もきっと月末で忙しく働きぐったりしているだろうから、豚肉を使った料理にしよう。寒いから汁物もつけた方がいい。そうすると和食かな?
 そんなことを考えながらスーパーをぐるりと一周すると、カゴの中には食材やら足りなくなった調味料があふれんばかりに入っていた。



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 家に帰って買ってきたものたちを片付け、それぞれ保存法に合わせて仕込みをする。
 今日使う分のお肉は先に味噌などを合わせた調味料で下味をつけて冷蔵庫に入れ、後は直前に焼くだけにした。
 ネギや大葉などの薬味たちはいつでも使えるようにみじん切りにして冷凍庫に入れる。冷凍庫がこうした小分けの袋でパズルのようにきっちり埋まる瞬間が好きだったりする。
 そんなことが好きだと気付いたのも結婚してからだなぁと笑いながら冷凍庫の扉を閉め、次の料理へと取り掛かる。
 そうしてある程度作り終えたら、後は自由時間だ。
 さっき花屋さんで買った多肉植物に霧吹きで水を掛け、日当たりのいい場所へ置く。
 外は寒いが、よく晴れた空を見るのは気持ちがいいものだ。気分がいいまま掃除と洗濯を済ませ、色々とやっていたらあっという間に夕方になっていた。

「さて、とそろそろ夕飯の支度をしなくちゃ。」

 炊飯器のボタンをポチッと押してご飯を炊く。
 お味噌汁は玉ねぎと卵を落としたもの。私の好みで透明になるくらいクタクタに玉ねぎを煮る。そこにお味噌をとかして、後は直前に卵を入れるだけ。簡単だけれど、百之助もこれが好きで、よく飲んでくれる。それとは別にほうれん草のおひたしも作る。
 そして仕上げに温めたフライパンに下味をつけておいた豚肉を乗せ、いい感じの焦げ目がつくまで表面を焼く。ひっくり返して同じように焼くと味噌のいい香りが広がった。
 そんな時、玄関からガチャリと鍵が開く音が聞こえた。
 急いで音のした方へ向かうと、予想通り疲れた顔をした百之助が入ってきた。

「おかえり。」
「あぁ、ただいま。」

 最初の頃は小さい声でモニョモニョと言っていたのに、今ではすっかり慣れてただいまと返してくれるから自然と笑みが浮かぶ。

「疲れてるからお風呂が先がいい?」
「いや、腹が減った。飯が食いたい。」
「ん、分かった。じゃあ着替えて来てね。」
「ん。」

 そうして百之助は手洗いをし、着替えてからリビングにやってきた。
 私はそれに合わせてお味噌汁やおかず、ご飯を用意し、テーブルに並べる。二人分のご飯を並べ終わったところで手を合わせて食べようとした。

「いただきま「それよりもコレ。」

 もう、なんなのだ、とジト目で百之助を見ると良いから開けてみろと促された。
 渡された袋を手に取り、言われた通り箱を開けると、そこには綺麗に丸く形取られたチョコレートがいくつか入っていた。

「どうしたの?これ。」
「今日は愛妻の日なんだろ?」

 だから愛する妻の好きなチョコレートを買ってきたのだと真っ直ぐな目をして百之助は言った。

「去年は愛妻の日って言ったら鼻で笑ったのに?」
「ち、覚えていたか」

 まさか去年のことを気にしてたの?と尋ねると、悪いかよとバツが悪そうな顔をしていた。どうやら図星だったらしい。
 ひとまずチョコを涼しい場所へ置いて、後で一緒に食べようねと伝えた。
 バレンタインが近いこの時期に男の人が一人でチョコを買うのに勇気がいっただろう。それを私のために買ってきてくれたのだから嬉しくないわけがない。

「ありがとう、百之助」
「お礼は身体でいいぞ」
「もう!」



****



「おばあちゃん、おじいちゃんと買ってきたの。食べて〜」
「あら、ありがとう。」

 遠くから走りながらやってきた孫を見て、ふふふと笑う。その手にあったのはやはり美味しそうなチョコレート。

「あのね、おじいちゃんね、おばあちゃんに美味しいチョコ買って帰るんだって言ってたよ」
「あらあら」

 私たちの子供もとっくに大人になって、こうして孫までいるのに百之助はあれから毎年この日にチョコレートを贈ってくれる。

「でもバレンタインには早いのになんで?」

 これはおじいちゃんから私への愛のプレゼントなのよ。
 毎年無かった年はないの。
 飽きたりなんかするものですか。おじいちゃんが毎年私のために選んでくれたものですからね。

 そう穏やかに笑う私とその隣で仏頂面をした百之助がそこにいた。

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