年末は休暇につき
今日で仕事納めなんていう企業が多いけれど、うちの会社は明日が仕事納め。むしろ大詰めと言ってもいい。
取引先とのやり取りは今日中に終わらせなければいけないから、必然的に他の事は後回しにしなければいけなければならなかった。中には締め切りが迫っているものもあり、頭の中で色々時間のやりくりを考えながら動かなければいけなかった。
そんなわけで定時で帰れるわけもなく、効率よく立ち回れない自分を呪いながら虚しく残業をする。
ちょっと休憩がてらコーヒーでも飲むかとカフェスペースへ行くと、尾形の姿がそこにあった。
「尾形も残業?」
「ああ。」
会社のやつらにはバレたくないから、社内では適度な距離を保つ。付き合った当初、尾形から提案された内容だった。
当時、尾形は女遊びが激しいと噂が流れていたから、そんな提案をされた時、他にも女がいて私は遊びなのではないかとか疑った時もあった。
しかし付き合っていくと思いの外優しいし、表情こそ乏しいが、意外と感情表現は豊かだったりすることを知った。会社にバレたくないというのも、実は照れ隠しなのだと気付いた。
それに尾形はモテる。尾形のことが好きな女子社員からのやっかみやいざこざから遠ざけてくれたのかもしれない。
だから社内では必要以上に話さないようにしていた。この時もコーヒーを買ったらすぐに立ち去る予定だった。
「じゃあ」
「おいおい、同期に対して随分冷てぇな」
「そんなことないけど」
しかし何を考えているのやら、尾形が腕を掴み、離してくれなかった。こんなの矛盾している、と目で訴えるも、ハンっと鼻で笑われて一蹴された。
「明日の忘年会は来るのか?」
「明日?あ、忘れてた。
うん、行くつもり。うちの部署全員参加だよ」
「そうか。」
そう答えると満足したのか、腕を離し、去っていった。
何なのだ。最近の尾形は。
普段言わないような甘い言葉を言ってみたり、さっきみたいに会社の人にバレるかもしれないようなことをしてみたり。
……訳が分からない。
買ったコーヒーを席で飲みながら、こんな時に誰に相談すればいいのだろう、とモヤモヤする。
会社の人……はそもそもダメだ。誰と付き合ってるのか、と根掘り葉掘り聞かれるのは目に見えている。そうすると私たちの関係を知っている人がいい。アシリパちゃんや杉元くんは私たちの関係を知っているから相談しやすいが、アシリパちゃんはまだ高校生だし、杉元くんは尾形に対して敵対心がありすぎる。白石くんは話にならないので、もはや数にもカウントしていない。
あと私達のことを知っている人、と、いえば……。あ、そういえば一人適任者がいるではないか。
「で、私が呼び出された訳ですか」
「ごめんね、インカラマッちゃん」
昨日思い立ってすぐさま明日ランチタイムに近くのカフェで、とインカラマッに連絡するとすぐさまOKと連絡が来た。
やってきたインカラマッは少しお腹がふっくらしてきたようだ。
「今何ヶ月?」
「18週、5ヶ月ですね。最近、ぽこぽこ動くようになったんですよ」
「えー、めっちゃ元気ぃ」
そう言ってお腹を撫でるインカラマッはとても優しい顔をしていた。その顔は母親になると覚悟を決めた女の顔だった。
「それでどうしたんですか?」
「うん、あのねー…」
私はここ最近の尾形の不可解な行動をインカラマッに相談する。
頭の回転が速い彼女は、私の拙い説明で理解が出来たようで、少し困ったように笑った後、それは本人から聞いた方が良い、とアドバイスを受けた。
「それが出来たら苦労しないよ〜」
「んー、でもこればっかりは当人で解決するしかないですからねぇ」
なんて、若干楽しんでいるのでは?と思うような表情で、しかし正論で論破されてしまった。結局何も解決しないまま休憩時間は過ぎ、また今度会おうと約束をした。
そんな久々に女子トークを満喫した後の午後の業務は滞りなく進み、何の問題もなく年内最後の仕事は終わった。そして慰安会と称した忘年会会場へと足を運んだのだった。
****
「ねぇ、君グラス空いてるよ。次何飲む?」
「あぁ、では同じものを。」
交流会も兼ねているのだろう。いくつかの部署が合同で忘年会が行われ、親睦を深める。
今年はうちの部署と営業一課、そして広報課が一緒のようで、尾形の姿も目の端で確認が出来たが、敢えて話しかけたりしなかった。というか出来なかった。
個性的ではあるが顔がいい尾形は、他の部署の女性陣からも人気なようで、ここぞとばかりに話しかけられていた。私は私で他の部署と交流を深めようと、積極的に話しかけたり、輪の中に入って社会人らしく振る舞っていた。
色んな人から話を聞けるのは楽しかったが流石にちょっと疲れたな、と思ったところでちょうど良く会はお開きになった。
中には二次会に行く人もいるらしい。どうしようかな、と思っていたところに肩を叩かれた。振り向くと鶴見課長で、その後ろに目を見開いて私を見る宇佐美が居た。
怖っと思いながら、何故呼ばれたのかと鶴見課長の話を聞く。
「尾形がね、私の代わりに飲んでくれて潰れてしまったんだよ。あいつは弱いところを見せたくないようだから同期の君達に送り届けて欲しいのだが、頼めるかね」
「あぁ、そういうことでしたら。私も帰ろうと思っていたので一緒にタクシーにでも乗って帰ります。」
「すまないね。」
その鶴見課長の流し目に思わずドキっとさせられたが、尾形の方が心配で、宇佐美には二次会参加しなよと伝え、すぐさまその場を後にする。
教えられた場所へと向かうと、ボーっと遠くを見ている尾形がいた。ペットボトルの水を渡し、大丈夫かと聞くと、大丈夫だと答えられてはいるものの、焦点が定まっていない。
これは重症だな、と苦笑しながらタクシーに押し込める。運転手には私の家の住所を伝え、向かってもらうことにした。
会社の人の目がないと感じた尾形は外を眺め、そしてすぐに目を閉じた。
その時、何故かライトに照らされた尾形の顔を見ると信頼されているな、と感じた。そして尾形が無性に愛おしくなり、そっと尾形の手に自分の手を重ねた。
習慣とは怖いものだ。朝いつもの時間に目が覚め、いつも通り朝の支度をし始める。歯を磨き、顔を洗ったところでそういえば今日は休みだったのだ、と気付いた。
目が覚めてしまったものはしょうがない。どうせならいつもはインスタントコーヒーで済ませていたが、ちゃんとドリップしたものを飲もう。幸いなことに一通り道具は揃っているし、豆も用意してある。ミルでゴリゴリと音を立てながら挽いていくと不思議とワクワクした。
ドリップは何回やっても上手くいった試しがないが、それでも普段よりいい香りが部屋中に漂って私の心を満たした。
「おはよう……」
「お、尾形おはよう。」
昨日顔にこそ出ていなかったが、相当酔っていたようで、勝手知ったる何とかで、家に着くなり家主よりも先にシャワーを浴び、家主のベッドを占領してすぐに寝てしまった。
二日酔いとかない?と聞くと、大丈夫だと言っていたが本当のところはどうだろうか。
とりあえず色違いのマグカップにコーヒーを入れ、ソファに座っている尾形にも渡した。その隣に座って同じようにコーヒーを飲むと、改めて年末なんだなと感じる。
そういえば年末年始はうちで一緒に過ごすとは言っていたが、具体的な過ごし方については何も決めていなかった。なにしようか?と尾形に尋ねると、普通年末はどう過ごすんだ、と逆に聞かれてしまった。
「私の場合は撮り溜めていたドラマとか本とかを見たり読んだりするかな」
「ほぅ。」
「あと仕事で出来てなかったから大掃除もしなきゃ。天気いいから大物洗いしたいなぁ」
「分かった。」
「それから尾形が食べるか分からなかったから用意してないんだけどおせちどうする?
もし食べるなら簡単なものでよければ作るけど……」
「ん。食べる。」
そんなやり取りをして、洗濯に買い物に、と日中はバタバタと過ごした。
全てが終わった頃にはうっすら暗くなっていて、少し早いが夕飯にしようと作り置きしていたおかずと新たに作ったおかずと味噌汁とごはんでお腹を満たした。
その後、絶対尾形が興味ないと思われるアイドルのバラエティを見たり、撮り溜めしていたドラマを観たりしていた。尾形は飽きると私の本棚から適当に本を引っ張り出して、ラグの上で読んでいた。
「ねぇ尾形はさ、私といて退屈じゃない?」
いつだったかも何かのついでにそんな話をしたことがあった。その時尾形はなんて答えたんだっけ。今だったらなんて答えるかな。
「あ?退屈じゃないから一緒にいるんだろうが。
……むしろ居ないと落ち着かん。」
あぁ、そうだった。
前に聞いた時も同じこと言ってたっけ。
嬉しくてフフフと笑う私に尾形は照れ隠しなのか、プイっと顔を逸らして本の続きを読んでいた。
取引先とのやり取りは今日中に終わらせなければいけないから、必然的に他の事は後回しにしなければいけなければならなかった。中には締め切りが迫っているものもあり、頭の中で色々時間のやりくりを考えながら動かなければいけなかった。
そんなわけで定時で帰れるわけもなく、効率よく立ち回れない自分を呪いながら虚しく残業をする。
ちょっと休憩がてらコーヒーでも飲むかとカフェスペースへ行くと、尾形の姿がそこにあった。
「尾形も残業?」
「ああ。」
会社のやつらにはバレたくないから、社内では適度な距離を保つ。付き合った当初、尾形から提案された内容だった。
当時、尾形は女遊びが激しいと噂が流れていたから、そんな提案をされた時、他にも女がいて私は遊びなのではないかとか疑った時もあった。
しかし付き合っていくと思いの外優しいし、表情こそ乏しいが、意外と感情表現は豊かだったりすることを知った。会社にバレたくないというのも、実は照れ隠しなのだと気付いた。
それに尾形はモテる。尾形のことが好きな女子社員からのやっかみやいざこざから遠ざけてくれたのかもしれない。
だから社内では必要以上に話さないようにしていた。この時もコーヒーを買ったらすぐに立ち去る予定だった。
「じゃあ」
「おいおい、同期に対して随分冷てぇな」
「そんなことないけど」
しかし何を考えているのやら、尾形が腕を掴み、離してくれなかった。こんなの矛盾している、と目で訴えるも、ハンっと鼻で笑われて一蹴された。
「明日の忘年会は来るのか?」
「明日?あ、忘れてた。
うん、行くつもり。うちの部署全員参加だよ」
「そうか。」
そう答えると満足したのか、腕を離し、去っていった。
何なのだ。最近の尾形は。
普段言わないような甘い言葉を言ってみたり、さっきみたいに会社の人にバレるかもしれないようなことをしてみたり。
……訳が分からない。
買ったコーヒーを席で飲みながら、こんな時に誰に相談すればいいのだろう、とモヤモヤする。
会社の人……はそもそもダメだ。誰と付き合ってるのか、と根掘り葉掘り聞かれるのは目に見えている。そうすると私たちの関係を知っている人がいい。アシリパちゃんや杉元くんは私たちの関係を知っているから相談しやすいが、アシリパちゃんはまだ高校生だし、杉元くんは尾形に対して敵対心がありすぎる。白石くんは話にならないので、もはや数にもカウントしていない。
あと私達のことを知っている人、と、いえば……。あ、そういえば一人適任者がいるではないか。
「で、私が呼び出された訳ですか」
「ごめんね、インカラマッちゃん」
昨日思い立ってすぐさま明日ランチタイムに近くのカフェで、とインカラマッに連絡するとすぐさまOKと連絡が来た。
やってきたインカラマッは少しお腹がふっくらしてきたようだ。
「今何ヶ月?」
「18週、5ヶ月ですね。最近、ぽこぽこ動くようになったんですよ」
「えー、めっちゃ元気ぃ」
そう言ってお腹を撫でるインカラマッはとても優しい顔をしていた。その顔は母親になると覚悟を決めた女の顔だった。
「それでどうしたんですか?」
「うん、あのねー…」
私はここ最近の尾形の不可解な行動をインカラマッに相談する。
頭の回転が速い彼女は、私の拙い説明で理解が出来たようで、少し困ったように笑った後、それは本人から聞いた方が良い、とアドバイスを受けた。
「それが出来たら苦労しないよ〜」
「んー、でもこればっかりは当人で解決するしかないですからねぇ」
なんて、若干楽しんでいるのでは?と思うような表情で、しかし正論で論破されてしまった。結局何も解決しないまま休憩時間は過ぎ、また今度会おうと約束をした。
そんな久々に女子トークを満喫した後の午後の業務は滞りなく進み、何の問題もなく年内最後の仕事は終わった。そして慰安会と称した忘年会会場へと足を運んだのだった。
****
「ねぇ、君グラス空いてるよ。次何飲む?」
「あぁ、では同じものを。」
交流会も兼ねているのだろう。いくつかの部署が合同で忘年会が行われ、親睦を深める。
今年はうちの部署と営業一課、そして広報課が一緒のようで、尾形の姿も目の端で確認が出来たが、敢えて話しかけたりしなかった。というか出来なかった。
個性的ではあるが顔がいい尾形は、他の部署の女性陣からも人気なようで、ここぞとばかりに話しかけられていた。私は私で他の部署と交流を深めようと、積極的に話しかけたり、輪の中に入って社会人らしく振る舞っていた。
色んな人から話を聞けるのは楽しかったが流石にちょっと疲れたな、と思ったところでちょうど良く会はお開きになった。
中には二次会に行く人もいるらしい。どうしようかな、と思っていたところに肩を叩かれた。振り向くと鶴見課長で、その後ろに目を見開いて私を見る宇佐美が居た。
怖っと思いながら、何故呼ばれたのかと鶴見課長の話を聞く。
「尾形がね、私の代わりに飲んでくれて潰れてしまったんだよ。あいつは弱いところを見せたくないようだから同期の君達に送り届けて欲しいのだが、頼めるかね」
「あぁ、そういうことでしたら。私も帰ろうと思っていたので一緒にタクシーにでも乗って帰ります。」
「すまないね。」
その鶴見課長の流し目に思わずドキっとさせられたが、尾形の方が心配で、宇佐美には二次会参加しなよと伝え、すぐさまその場を後にする。
教えられた場所へと向かうと、ボーっと遠くを見ている尾形がいた。ペットボトルの水を渡し、大丈夫かと聞くと、大丈夫だと答えられてはいるものの、焦点が定まっていない。
これは重症だな、と苦笑しながらタクシーに押し込める。運転手には私の家の住所を伝え、向かってもらうことにした。
会社の人の目がないと感じた尾形は外を眺め、そしてすぐに目を閉じた。
その時、何故かライトに照らされた尾形の顔を見ると信頼されているな、と感じた。そして尾形が無性に愛おしくなり、そっと尾形の手に自分の手を重ねた。
習慣とは怖いものだ。朝いつもの時間に目が覚め、いつも通り朝の支度をし始める。歯を磨き、顔を洗ったところでそういえば今日は休みだったのだ、と気付いた。
目が覚めてしまったものはしょうがない。どうせならいつもはインスタントコーヒーで済ませていたが、ちゃんとドリップしたものを飲もう。幸いなことに一通り道具は揃っているし、豆も用意してある。ミルでゴリゴリと音を立てながら挽いていくと不思議とワクワクした。
ドリップは何回やっても上手くいった試しがないが、それでも普段よりいい香りが部屋中に漂って私の心を満たした。
「おはよう……」
「お、尾形おはよう。」
昨日顔にこそ出ていなかったが、相当酔っていたようで、勝手知ったる何とかで、家に着くなり家主よりも先にシャワーを浴び、家主のベッドを占領してすぐに寝てしまった。
二日酔いとかない?と聞くと、大丈夫だと言っていたが本当のところはどうだろうか。
とりあえず色違いのマグカップにコーヒーを入れ、ソファに座っている尾形にも渡した。その隣に座って同じようにコーヒーを飲むと、改めて年末なんだなと感じる。
そういえば年末年始はうちで一緒に過ごすとは言っていたが、具体的な過ごし方については何も決めていなかった。なにしようか?と尾形に尋ねると、普通年末はどう過ごすんだ、と逆に聞かれてしまった。
「私の場合は撮り溜めていたドラマとか本とかを見たり読んだりするかな」
「ほぅ。」
「あと仕事で出来てなかったから大掃除もしなきゃ。天気いいから大物洗いしたいなぁ」
「分かった。」
「それから尾形が食べるか分からなかったから用意してないんだけどおせちどうする?
もし食べるなら簡単なものでよければ作るけど……」
「ん。食べる。」
そんなやり取りをして、洗濯に買い物に、と日中はバタバタと過ごした。
全てが終わった頃にはうっすら暗くなっていて、少し早いが夕飯にしようと作り置きしていたおかずと新たに作ったおかずと味噌汁とごはんでお腹を満たした。
その後、絶対尾形が興味ないと思われるアイドルのバラエティを見たり、撮り溜めしていたドラマを観たりしていた。尾形は飽きると私の本棚から適当に本を引っ張り出して、ラグの上で読んでいた。
「ねぇ尾形はさ、私といて退屈じゃない?」
いつだったかも何かのついでにそんな話をしたことがあった。その時尾形はなんて答えたんだっけ。今だったらなんて答えるかな。
「あ?退屈じゃないから一緒にいるんだろうが。
……むしろ居ないと落ち着かん。」
あぁ、そうだった。
前に聞いた時も同じこと言ってたっけ。
嬉しくてフフフと笑う私に尾形は照れ隠しなのか、プイっと顔を逸らして本の続きを読んでいた。