私たちの関係
デスクに置いてきたスマホが小さく一回震えた。
「今日夜行く。」
ただそれだけが書かれたメッセージ。
それは黒猫みたいな彼、尾形百之助からだった。気が向いた時に家に来てヤることヤっていつの間にか帰っていたり、かと思えば休みの間はずっと家に居たり。本当に猫みたいだ。
そんなことを思いながらメッセージに返信をする。
「今日は生理なので無理。」
生理のせいか、はたまたどこかの誰かさんのせいかイライラしているのが自分でも分かる。
ぶっきらぼうに返したそのメッセージが全てだ。
絶対に来るな、と思いながら仕事へと戻った。
****
「今日は生理なので無理。」
あまりの対応に、あ?と思わず口に出してしまった。当然喫煙所にいた奴らはビクッとし、そそくさと出ていってしまった。
こいつを除いて。
「何イラついてんだよ百之助ぇ〜」
ニヤニヤとしながらやってくる宇佐美に、舌打ちをし、無視を決め込むが、サッと背後に立たれメッセージを見られてしまった。
「何なに?女とうまく行ってないの?」
「うるせぇな、お前には関係ないだろ。」
くすくすと笑う宇佐美にさらに苛立ち、短くなったタバコを灰皿に投げ捨て、もう一本に火をつける。
その間も何処の子?どうやって知り合ったの?ってか断られるって百之助ヘタくそなの?一回会わせろよ。などペラペラと喋り始めた。
このままでは血管が何本も切れてしまいそうだと思い、簡潔に答える。
「毎回アンアン言わせてるわ。
それとお前みたいな奴に会わせる気はねえ。」
「……ふ〜ん」
一瞬パチパチと瞬きした後、本気なんだ、とニヤニヤしながら言われた。
急に核心を突かれ、少し戸惑ってしまった。しまったと思ったがもう遅い。宇佐美はへー、そうなんだー、ふーん、とわざとらしい態度で頷いていた。
「で、その子に断られて苛立ってるんだ。」
よりによってなんでこんな奴に知られてしまったのだろうか。明らかにこの状況を楽しんでいる宇佐美に思わずため息をついた。
****
仕事は定時に終わらせた。
身体がダルくてしょうがない。眠気も酷い。お腹もズキズキと痛い。
帰ってからやる事を考えたら、あまりのタスクの多さにすぐに寝てしまいたくなる。なのに心の何処かで昼に来たメッセージが引っかかっている。
あれから既読にはなっていたが、何も返事は来なかった。
やはりヤれない女には用はないのだろう。他にも私のような女が何人もいて、そっちの方に行ってるのかもしれない。
急に降り出した真っ白な雪の上をザクザクも踏みつけながら歩く。いっそ滑って転んで頭でも打ってしまえばいい。そうしたらこんなモヤモヤした気持ちなんて忘れてしまえるかもしれないのに。
黙々と歩いていたからかいつの間にか家の前に着いていた。
階段をいくつか登っていくと家の前に怪しい人影が見えた。
「……何で?」
「よう、宣言通り来た。」
「無理って返したじゃん。」
「俺は分かったなんて返してない。」
真っ黒なコートを着てはいるが、いつからそこで待っていたのか。
ただでさえ色白な顔がさらに色が無くなっていた。
仕方がないから招き入れ、慌てて暖房をつけ、バスルームに行ってはお風呂にお湯を張る。
なんでコイツのためにこんな事をしてあげなければいけないのか。
「なあ」
「はい?」
「何で無理なんて言うんだよ」
それをあなたが言いますか、と日頃の不満をぶちまけてしまいたくなる。
それでも尾形はヒステリックに叫ぶ女はきっと嫌いだろうからと考えてしまい、結局グッと堪え、大きく息を吸ってから答える。
「ヤれない女なんて必要ないでしょう?」
もしかしたら尾形にとって、こうして定期的に会うことはセフレへのメンタルケアなのかもしれない。けれどそんなことされても私は嬉しくもないし、むしろ余計に自分が情けなくなる。
だから断ったと言うのに、こうして会いに来てズカズカと私の家に入り込んでくる尾形が憎かった。
目の前の男にこんなにも心が掻き乱されるなんて、会った時には思いもしなかった。もっとドライな関係でいられると思ったのに。
タイミングよくお風呂が沸いたと音が鳴り、タオルと前に置いていった着替えを尾形に押し付ける。
「ほら、冷えてるんだからあったまってきて。
私のせいで風邪とか、困る。」
グイグイと脱衣所に押し込んで、私は私でそのままだったカバンやらコートやらを片付ける。
クゥとお腹が鳴り、そういえば夕飯がまだだったことに気付く。
断った尾形が来るとは思わなかったから冷蔵庫には大したものが入っていない。
仕方ないから残っていた野菜と冷凍しておいたお肉で鍋を作る。ぐつぐつと煮ている時に大分血色の良くなった尾形がお風呂から出てきた。
「先に湯、すまなかった。」
意外とこう言うところは礼儀正しい。
「いいえー。じゃあ私も入ってくる。
お腹空いてたらお鍋先に食べてて良いよ。」
その時にはいくらか刺々しい気持ちは小さくなっていて、尾形の顔を見ても憎らしいとも何とも思わなかった。
さっきまで気を張っていて気が付かなかったが、私自身も大分冷えていたらしい。お湯に浸かると足先がいかに冷たかったのかを実感した。
とはいえ、尾形が家にいるのだ。そう長湯出来るわけもなく、ある程度温まったところでサッと出る。
出ると先程作った鍋からお出汁のいい香りがして、髪の毛をタオルで拭きながらリビングへと向かう。
「出てきたか。じゃあ食うか」
「へ?」
おそらく尾形もお腹が空いていただろうに待ってくれていたようだった。食べいていいよ、って言ったのに。
いつもと勝手が違うので困っていると、座れと合図される。
流石に自分の家で人様にそんな事をさせるわけにもいかず、鍋を運んでくれた尾形に冷蔵庫から出したビールを渡す。
「気がきくな。」
「気がきくのはいつもでしょ。」
軽口をききながらいただきますと手を合わせ、菜箸でお鍋を取り分ける。
ツミレが美味しくできた、とハフハフしながら食べると尾形も同じように食べていた。
うっかり二人の間にゆっくりとした時間が流れていたが、本来ならばこんな関係ではなかったはずだ。意を決して私は尾形に切り込んだ。
「今日、何で来たの?」
「来たかったからだよ。」
「生理だから無理って言った。」
「それがどうしたんだよ。」
私は間髪入れず返ってきた返答に、しばし目を瞬かせることになった。
ヤれないのに来るなんて馬鹿じゃないの?と悪態をついても尾形は黙々と鍋を食べていた。そして咀嚼し終わり、会いたかったから会いにきたんだよなんて小っ恥ずかしいセリフを言ってくる。
そんなセリフ、ベッドですら言ったことないのに。
「おい、なんだよその顔。」
ポカンとしていたら間抜け面だな、と笑われた。
そういえばこの男の笑い顔なんて初めて見たかもしれない。
本当に今日はどうしたのだろう。
怪しいと思っていたら尾形はまた一口食べながら言った。
「お前は俺のことをセフレだと思ってるかもしれないが俺はお前が良い。お前しかいない。」
一瞬何を言われたのか分からなかった。
目を合わせないで言うし、言い回しが遠回しすぎる。けれど、それでも私には届いた。
「そっか。」
「そうだ。」
せっかく良い雰囲気だったのに、ヤれはしないけどキスはしたい、と欲望のままに口に出した尾形に呆れたのはその数秒後の話。
「今日夜行く。」
ただそれだけが書かれたメッセージ。
それは黒猫みたいな彼、尾形百之助からだった。気が向いた時に家に来てヤることヤっていつの間にか帰っていたり、かと思えば休みの間はずっと家に居たり。本当に猫みたいだ。
そんなことを思いながらメッセージに返信をする。
「今日は生理なので無理。」
生理のせいか、はたまたどこかの誰かさんのせいかイライラしているのが自分でも分かる。
ぶっきらぼうに返したそのメッセージが全てだ。
絶対に来るな、と思いながら仕事へと戻った。
****
「今日は生理なので無理。」
あまりの対応に、あ?と思わず口に出してしまった。当然喫煙所にいた奴らはビクッとし、そそくさと出ていってしまった。
こいつを除いて。
「何イラついてんだよ百之助ぇ〜」
ニヤニヤとしながらやってくる宇佐美に、舌打ちをし、無視を決め込むが、サッと背後に立たれメッセージを見られてしまった。
「何なに?女とうまく行ってないの?」
「うるせぇな、お前には関係ないだろ。」
くすくすと笑う宇佐美にさらに苛立ち、短くなったタバコを灰皿に投げ捨て、もう一本に火をつける。
その間も何処の子?どうやって知り合ったの?ってか断られるって百之助ヘタくそなの?一回会わせろよ。などペラペラと喋り始めた。
このままでは血管が何本も切れてしまいそうだと思い、簡潔に答える。
「毎回アンアン言わせてるわ。
それとお前みたいな奴に会わせる気はねえ。」
「……ふ〜ん」
一瞬パチパチと瞬きした後、本気なんだ、とニヤニヤしながら言われた。
急に核心を突かれ、少し戸惑ってしまった。しまったと思ったがもう遅い。宇佐美はへー、そうなんだー、ふーん、とわざとらしい態度で頷いていた。
「で、その子に断られて苛立ってるんだ。」
よりによってなんでこんな奴に知られてしまったのだろうか。明らかにこの状況を楽しんでいる宇佐美に思わずため息をついた。
****
仕事は定時に終わらせた。
身体がダルくてしょうがない。眠気も酷い。お腹もズキズキと痛い。
帰ってからやる事を考えたら、あまりのタスクの多さにすぐに寝てしまいたくなる。なのに心の何処かで昼に来たメッセージが引っかかっている。
あれから既読にはなっていたが、何も返事は来なかった。
やはりヤれない女には用はないのだろう。他にも私のような女が何人もいて、そっちの方に行ってるのかもしれない。
急に降り出した真っ白な雪の上をザクザクも踏みつけながら歩く。いっそ滑って転んで頭でも打ってしまえばいい。そうしたらこんなモヤモヤした気持ちなんて忘れてしまえるかもしれないのに。
黙々と歩いていたからかいつの間にか家の前に着いていた。
階段をいくつか登っていくと家の前に怪しい人影が見えた。
「……何で?」
「よう、宣言通り来た。」
「無理って返したじゃん。」
「俺は分かったなんて返してない。」
真っ黒なコートを着てはいるが、いつからそこで待っていたのか。
ただでさえ色白な顔がさらに色が無くなっていた。
仕方がないから招き入れ、慌てて暖房をつけ、バスルームに行ってはお風呂にお湯を張る。
なんでコイツのためにこんな事をしてあげなければいけないのか。
「なあ」
「はい?」
「何で無理なんて言うんだよ」
それをあなたが言いますか、と日頃の不満をぶちまけてしまいたくなる。
それでも尾形はヒステリックに叫ぶ女はきっと嫌いだろうからと考えてしまい、結局グッと堪え、大きく息を吸ってから答える。
「ヤれない女なんて必要ないでしょう?」
もしかしたら尾形にとって、こうして定期的に会うことはセフレへのメンタルケアなのかもしれない。けれどそんなことされても私は嬉しくもないし、むしろ余計に自分が情けなくなる。
だから断ったと言うのに、こうして会いに来てズカズカと私の家に入り込んでくる尾形が憎かった。
目の前の男にこんなにも心が掻き乱されるなんて、会った時には思いもしなかった。もっとドライな関係でいられると思ったのに。
タイミングよくお風呂が沸いたと音が鳴り、タオルと前に置いていった着替えを尾形に押し付ける。
「ほら、冷えてるんだからあったまってきて。
私のせいで風邪とか、困る。」
グイグイと脱衣所に押し込んで、私は私でそのままだったカバンやらコートやらを片付ける。
クゥとお腹が鳴り、そういえば夕飯がまだだったことに気付く。
断った尾形が来るとは思わなかったから冷蔵庫には大したものが入っていない。
仕方ないから残っていた野菜と冷凍しておいたお肉で鍋を作る。ぐつぐつと煮ている時に大分血色の良くなった尾形がお風呂から出てきた。
「先に湯、すまなかった。」
意外とこう言うところは礼儀正しい。
「いいえー。じゃあ私も入ってくる。
お腹空いてたらお鍋先に食べてて良いよ。」
その時にはいくらか刺々しい気持ちは小さくなっていて、尾形の顔を見ても憎らしいとも何とも思わなかった。
さっきまで気を張っていて気が付かなかったが、私自身も大分冷えていたらしい。お湯に浸かると足先がいかに冷たかったのかを実感した。
とはいえ、尾形が家にいるのだ。そう長湯出来るわけもなく、ある程度温まったところでサッと出る。
出ると先程作った鍋からお出汁のいい香りがして、髪の毛をタオルで拭きながらリビングへと向かう。
「出てきたか。じゃあ食うか」
「へ?」
おそらく尾形もお腹が空いていただろうに待ってくれていたようだった。食べいていいよ、って言ったのに。
いつもと勝手が違うので困っていると、座れと合図される。
流石に自分の家で人様にそんな事をさせるわけにもいかず、鍋を運んでくれた尾形に冷蔵庫から出したビールを渡す。
「気がきくな。」
「気がきくのはいつもでしょ。」
軽口をききながらいただきますと手を合わせ、菜箸でお鍋を取り分ける。
ツミレが美味しくできた、とハフハフしながら食べると尾形も同じように食べていた。
うっかり二人の間にゆっくりとした時間が流れていたが、本来ならばこんな関係ではなかったはずだ。意を決して私は尾形に切り込んだ。
「今日、何で来たの?」
「来たかったからだよ。」
「生理だから無理って言った。」
「それがどうしたんだよ。」
私は間髪入れず返ってきた返答に、しばし目を瞬かせることになった。
ヤれないのに来るなんて馬鹿じゃないの?と悪態をついても尾形は黙々と鍋を食べていた。そして咀嚼し終わり、会いたかったから会いにきたんだよなんて小っ恥ずかしいセリフを言ってくる。
そんなセリフ、ベッドですら言ったことないのに。
「おい、なんだよその顔。」
ポカンとしていたら間抜け面だな、と笑われた。
そういえばこの男の笑い顔なんて初めて見たかもしれない。
本当に今日はどうしたのだろう。
怪しいと思っていたら尾形はまた一口食べながら言った。
「お前は俺のことをセフレだと思ってるかもしれないが俺はお前が良い。お前しかいない。」
一瞬何を言われたのか分からなかった。
目を合わせないで言うし、言い回しが遠回しすぎる。けれど、それでも私には届いた。
「そっか。」
「そうだ。」
せっかく良い雰囲気だったのに、ヤれはしないけどキスはしたい、と欲望のままに口に出した尾形に呆れたのはその数秒後の話。