好きと伝えたい

「好きです」

 初めに伝えたのはいつのことだったか。
 その頃はまだお互い敬語だったし、尾形は私のことなんか全く知らなかったと思う。

「そうですか」

 結果、返ってきたのがこの返事。
 いや、確かに好きだとしか言わなかった私も悪い。悪いけれども、そうか、で済ませるのは如何なものか。そんな悔しさから尾形に会うたびに好きだと伝えるようにした。



「尾形さん、この間も言いましたが今日も好きです。」
「そうですか。」

 ある時は呼び出して。

「あ、尾形さん髪型変えたんですか?
カッコいいですね、好きですよ」
「ははぁ、そうですか。」

 ある時は本当に偶然見かけた時に。

「あ、尾形。これあげる。
好きな気持ちとチョコ。」
「バレンタインか。
とりあえず貰っといてやる。」

 そしてある時はイベントに便乗して。

「あ、宇佐美さん!待って!!
あ、尾形好き!」
「おい、おざなりにいうんじゃねぇよ。」

 ある時は本当に急いでる時に。

「百之、助、好きっ」
「っ馬鹿、こんな時に言うんじゃねぇよ。」

 そしてある時は彼に抱かれている時に……。

 ずっと一方的に好きだ好きだと言い続けたから、しょうがない、付き合ってやるか、とお付き合いが始まった私たち。
 大人の付き合いだからソウイウコトも当然する。尾形の気分が乗った時だけというわけではなく、私から誘っても断られた事はないから、嫌われてはいないと思う。
 けれど尾形の口から好きだとか愛してるとか、そういった言葉は一度も聞いたことなかった。


「ねえねえ、なんで先輩は尾形のことがそんなに好きなのぉ?」

 あいつ性格悪いじゃん、なんて会社の飲み会でしこたま飲まされた杉元くんがテーブルと一体化しながら尋ねてきた。

「あー、もうほら飲み過ぎ。水でも飲みな。
強いて言うなら、よく人を見てるところかな?」
「人を見てるぅ?」
「確かに口は悪いかもしれないけど、その人の力量にあった仕事を振ってるし、何気に自分が一番仕事抱えてるし。」
「先輩の方がよく見てんじゃん。」
「そう?尾形限定じゃないかな?」
「なにそれ。」
「それだけ好きってことだよ。」
「わ、っかんねー」
「おい。」

 そのままテーブルに突っ伏した杉元くんに再度お水を渡そうとしたら、背後からやってきた尾形が声を掛けてきた。

「尾形〜、お前ほんとうに幸せになりやがったなぁ……」
「余計なお世話だ。」

 この会社に入る前から2人は知り合いだったようで、杉元くんは私たちのことを気にしてくれていた。

「それより、もうお開きだと。
こいつ、タクシーに押し込めるから荷物頼む。」
「あー、うん。」

 そう言われ、あわてて尾形と自分のバッグ、そして杉元くんのリュックを持って2人の後を追った。

「杉元くん、大丈夫?」
「へーき、へーきっす」
「もうこの返事がダメだがな。」

 さらに酔いが回ったらしく、呂律が怪しい杉元くんをタクシーに押し込めて、運転手さんに住所を告げる。

「気を付けろよ」
「はいはーい」

 なんだかんだ言ってお世話してあげる所が優しいと思う。
 そんなことを本人に言ったら凄く渋い顔をされそうだから言わないが。

「ちっ、酔いが覚めちまった。」
「分かる。自分より酔ってる人見ると冷静になっちゃうやつ。」
「家で飲み直すか」

 珍しく尾形から誘われて嬉しかった。が、ふと時計を見ると結構良い時間だった。

「でも終電……」
「明日休みだろ?」
「あー、うん」
「じゃあ問題ないだろ。」

 いつもより少しだけ強引に事を進める尾形に違和感を覚えたが、そのまま家へと向かった。



****



「お邪魔しまーす。」
「ん。」

 尾形の家に到着し、ジャケットとカバンを隅に置かせて貰い、改めてコンビニで適当に買ったロング缶で乾杯をした。
 先程までは周りが気になってあまり飲めなかったから、このアルコールはかなり美味しかった。
 隣に座っている尾形も同じだったようで、いつもより柔らかい表情だった。そんな表情を見て顔がにやけない筈はない。

「あー、その顔好きだなぁ」
「っ!」
「わ!百之助大丈夫?」

 飲んでいた缶を傾け損ねたのか、それとももう酔っ払ってしまったのか、尾形は盛大に咽せ液体を周りに飛び散らせた。
 慌ててティッシュを数枚渡して周りに飛んだものも軽く拭く。

 ようやく落ち着いた尾形が口を開いた。

「ったく……。
お前は最初から俺のことを好きだと言っていたな。」
「うん。そうだねぇ。」
「言われる側からしたら恥ずかしくてたまらん。」
「えー?だって好きなものは好きなんだもん。」

 すかさずそう返す私に尾形はまた一つ咳払いをして口元を抑え、そっぽを見て続ける。

「先に言われるのも気に食わん。」

 何を?なんて聞き返すまでもなく、隠しきれていない真っ赤な耳が教えてくれる。
 そんな尾形の手をそっと取って私は嬉しさの隠せないまま言う。

「じゃあ今度から好きって言うのは控えるね。」
「それはまた別だ」

 すぐさま否定する尾形に耐えきれず吹き出すように笑うと、髪を後ろに撫で付けながら小さい声で好きだ、と言われた。
 どうやら思っていた以上に尾形は私の事を大事にしてくれていたらしい。

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