黒子

 目の前の男は、自分の鎖骨の少し上を指差しながら言った。

「夢子さん、その首の黒子?」

 中学生くらいまでは変なのと言われ、それ以降はなんかエロイね、などとセクハラまがいの事を言われる。
 もう良い加減慣れたからそのまま曖昧な顔で笑って首を傾げる。


 小さい頃から揶揄われたその黒子はどうやら生まれた頃からあったようだ。
 さんざんゴミがついてるだの言われ、むかついた私は容赦なく言ってきた奴らをコテンパンにしてやった。
 面倒臭くなったのは高校生くらいからだったか。

「前から夢子さんのこと、気になってて」

 同じクラスの男子からいきなり告白された。

「俺と付き合ってくれない?」

 全く話したことがない人だったから、お友達から、と定番な返事をした。
 しばらくはどっかに出掛けたり、一緒に勉強したり、極々普通の高校生活を送っていた。

 しかし、やはりその時は来た。

「お前のコレ、ずっとエロいなって思ってたんだよ」

 そう言って、目の前にいる男は首をぺろっと舐めてきた。
 家に誘われた時から何となくこんな展開になる事は分かっていた。それを分かって家まで着いていったのだから今更拒みはしない。

 しかし心が急に冷めていくのを感じた。

 それから何人かと付き合ったけれど、毎回同じように言われ、気持ち悪くなり距離を置いては自然消滅。
 完全にこの黒子はコンプレックスだ。



****



 そして今。
 会社の飲み会だから無碍には出来ず、仕方なく上司の話に合わせて相槌を打ったり、近くに座っている人と話したりしていた。
 周りも大分酔ってきたころ、いつの間にか隣にいた同期の子は狙っていた男の人の座っているテーブルに移っていた。
 そして代わりにビールジョッキを持ってやってきた男が座り、放った言葉が冒頭のソレである。
 人の黒子を見て、エロいだ何だと決めつけて失礼にも程がある。
 こちらはこれがコンプレックスになのだ、と大声で叫んでやりたい。
 そんな気持ちを抑えて近くにあったお酒のグラスを傾ける。

「そうですかね?」
「そうだよー」
「私以外にも特徴的な黒子の人いるじゃないですか。」
「んー?」
「たとえば家永さんとか」
「あー、口元の黒子ね。でも歳がなー。」

 そのセリフ、本人が聞いていたら刺されますよ?と思わないでもないが続ける。

「宇佐美とか」
「アイツ男だし、めっちゃ怖いしー。」

 ダメ元で宇佐美くんの名前を出してみたが、案の定ダメだった。
 その後も黒子のある美人さんの名前を数人出したが、どれもダメだった。

「だーかーらー、おれは、夢子さんがいいのぉー」

 その後もガバガバとビールジョッキを煽っていた目の前の男は、だんだんと呂律が回らなくなっていた。
 どうしたものか、と困っていると隣に座ってきた人がいた。

「めんどくせぇヤツに絡まれてんなぁ」
「尾形……」

 そう思っているなら助けろ、と目で訴えるが通じているのか分からない表情で店員を呼んで追加のオーダーをする。

「ハイボール」
「あ、私も。」

 目の前の男と話していて、あまり飲めてない。
 むしろ絡まれて酔いが覚めてしまった。

「夢子さぁん、俺と付き合おうよぉ?」

 まだそんな事を言っていたのか、と困っていると尾形から肩を抱かれた。
 当然体重はそちらに傾き、バランスを取れないまま尾形に抱きしめられるような格好になった。

「知ってるか?こいつにある黒子はここだけじゃねぇんだよ。」
「っ、ちょ、尾形!」
「脇腹のここら辺とか」

 ツツーっとなぞるその指は明らかに性的な意味を持った動きだ。

「あぁ、あと足の付け根にもあったな」
「っ!」

 そのまま手が脚元まで進もうとした時、ガタガタっと目の前の男が立ち上がり、どこかへ行ってしまった。

「ま、嘘だけどな。」

 男が何処かへ居なくなるとパッと手を離し、ちょうど来たハイボールを飲み始めた。
 いろんな感情が込み上げて何も言葉が発せなくなった私をみて、尾形はハッと笑った。

「助けてやっただろうが」

 ニヤリと笑った尾形を見て、人選ミスったな、と思ったのはいうまでもない。



****



 遠くに座っているのは百之助が気になってる女だ。
 目の前にはその女を口説いてる男がいる。

(あぁ、めちゃくちゃ口説き方ヘタだなぁ)

 女が困惑している様子が見えてないのか、男は無視して話しかけている。

(お!)

 女の隣に百之助が座った姿が見えた。
 アイツらはどうもお互いがお互いの感情に鈍くて困る。
 百之助と女と目の前の男という不思議な組み合わせで何かを話している様だった。
 何を話しているかまでは分からない。
 しかし百之助の表情を見ると、地雷を踏むようなことを言ってしまったのだろう。
 作り笑顔を浮かべ、いきなり女の肩を抱き、そのまま身体の線をなぞる様に触っていた。

 そして今にも殺しそうな目で目の前の男を見ていた。


 ビビった男は慌てて去って行ってしまった。
 あの様子では、もうあの2人にちょっかいを出すこともないだろう。

(あぁご愁傷様。)

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