寝たふり?寝たふりなの?

 珍しい。
 あの警戒心の強い尾形さんがぐっすり、ええ、それはぐっすり眠っていた。

 その日、杉元さんとアシリパちゃんは山菜を取りに行くと言って、どこかへ行ってしまった。
 そして尾形さんはおそらく辺りの様子を偵察しているのか、それとも鳥か何かを打ち取りに行ったのか。近くに姿が見えないし、白石さんも同様に姿が見えない。白石さんはきっと花街にでも行ったのだろうと思うが……。
 私はというと、足手纏いになるからチセで待っていろと尾形さんに言われ、悔しいかったけれど、全くその通りだったため言う通りにした。
 そんな様子を見てアシリパちゃんは早く帰ってくるからなと言ってくれたが、食に興味深々な彼女がそんなにすぐに帰ってくるとは思えなかった。
 しばらくすると私はすることもなく、飽きてしまった。一人でいるのは別に苦ではなかったが、チセでじっとしていると身体が鈍ってしまう気がして、少しばかり周辺をブラブラ散歩する事にした。
 外に出ると春の山は緑が美しいと実感できた。あちこちで花が咲き誇り、キラキラと光る川の水が反射して綺麗だ。心なしか魚たちも元気な気がする。沈んでいた気分をほんの少しだけでも上げることが出来て、足取り軽くチセに戻ってきたら尾形さんがいた。

「尾形さん戻ってきてたんで、す…ね……。」

 言葉尻がどんどん小さくなってしまったのは許してほしい。だってあの尾形さんがスースーと寝息を立てて寝ていたから。
 夜も一番最後に寝ているようで、私は尾形さんの寝顔を見たことがない。そんな尾形さんが今!まさに!!寝ているのだから、息を潜めてしまうのは仕方がないと思う。
 珍しいものが見れたなあとそろりそろりと尾形さんに近付く。
 特徴的な目は閉じられ、その縁は思ったよりも長いまつ毛で縁取られている。呼吸するたびに上下する肩は男の人のそれで、服の上からでも筋肉質なのが分かる。薄く開けられた唇はカサついていて、けれどどこか色気を感じる。
 ……って何を考えているのだ。普段、散々この人から嫌味を言われているのだぞ。寧ろ憎たらしい部類じゃないか。
 なのに何でこんなに早く鼓動が動くのだろう。

「……、」

 こんなに近くで観察していると言うのに、尾形さんは全然目を覚さない。この感じ、少しくらい触ってもバレないんじゃないか、と悪い考えが頭をよぎり、そっと頬の縫合痕を指でなぞる。

「痛そうだなぁ……。」
「今は痛くないな。」
「っ!」

 いつから起きていたのだろうか。パチリと目を開けたと思ったらすぐさま手を取られた。逃げようと身体を後ろへと引こうとしたが、それよりも強い力で引き戻される。

「酷いな。お前から誘ってきたんだろう。」
「誘ってない、誘ってません!断じて!!」

 クツクツと笑う尾形さんは、果たしていつから起きていたのだろうか。それともまだ寝ぼけているのか。掴んだ手は未だ離してくれない。

「残念だな……。」

 吐息混じりにそう言う尾形さんに、ゾクリと肌が泡立つ。

「尾形、さん」

 どんどん近づいて来る尾形さんに名前を呼んで抵抗するも、そんなものは無いのと同じ。あと少しで唇が触れそうになる時だった。

「尾形〜!〇〇〜!見てみろ、でっかい山魚が釣れたぞ。」
「ァ、アシリパさん!今はダメだよっっ」

 元気にチセへと入ってきたアシリパちゃんがやってきて、急いで尾形さんから距離をとった。指で顔を隠しながらアシリパちゃんを止めようとしている杉本さんはついさっきまで何が行われていたのか察しているようだった。

「ちっ、」

 尾形さんが舌打ちしたのを聞こえないふりして、アシリパちゃんが釣ったと言う魚に大袈裟に反応するしか出来なかった。

「す、すごいね!あ、山菜も取れたんだね。これで美味しいご飯が作れるね。」

 ね、と周りにわざとらしいくらい同意を求めてからアシリパちゃんと一緒に食事の準備を始めるのだった。


「ねぇ〜、尾形〜。」
「気色悪い声を出すな。」
「うるせえよ。ってかお前、〇〇ちゃんのこと……」

 ジャキっ

「それ以上言ったらこの距離からお前を撃つ。」
「あー、はいはい。」
「ふんっ」
「でもぉ、いつかぁ恋の話聞かせて〜」

パンッーーー

「ぅおっ、お前本当に撃つなよ!」
「お前が口を開くからだろうが。」
「あぁ?!」
「なになに?どうしたよ、緒方ちゃんも杉元も〜。」
「「ぽっと出の白石は黙っとけ!」」
「くぅ〜ん……。」

 そんなことが外で行われているなんて、チセの中の私たちは知る由もなかった。

HOME