猫を飼う

 年末。年の暮れ。
 ようやく終わった仕事にホッと胸を撫で下ろし、急いでバッグを手に取る。
 最近買い始めた“猫”がきっとうるさく鳴いていることだろう。早く帰らなければ。機嫌を損ねた後の猫は非常に面倒くさい。
 不自然にならない程度の早歩きをするが、こんな日に限って高いヒールを履いてきてしまったことに後悔しかない。
「お疲れ様でした。みなさん、良いお年を。」
 そう簡単な挨拶をしてフロアを後にした。
 こんなギリギリまで働かせるなよ、と心の中で使えない上司に悪態を付きながら大通りに出る。
アプリで呼んでいたタクシーがちょうど来て、助かった。



 いつもより大分早い時間だったが、一年の最後の最後まで出勤するのか、と今朝玄関先で“猫”は不機嫌そうな顔をしていた。
 お仕置きだと言わんばかりに首筋を噛まれたのは昨日の夜だったか。おかげで今日はタートルネックしか選択肢が無かった。
 帰ったら文句を言ってやろう。
 そう考えていたら、タクシーが速度を落とし、家の前でゆっくりと止まった。



「ただいま」
 玄関を開けると、案の定不機嫌そうな顔をした“猫”が待っていた。
「ようやく帰ってきたな。」
 にこっとわざとらしい笑みを浮かべているが、眉間に青筋が立っている。
 そんな“猫”の名前は尾形百之助という。
「しょうがないじゃん。終わらせなきゃいけない仕事が終わらなかったんだから。」
 普段から労働状況が良く無かったせいか、忙しいこの時期、周りの人たちが次々と体調不良になり、代わりに残っている人たちに仕事が振り分けられた。
 慣れていない仕事もあったので、いつも通りとは行かず、こんな時期まで仕事するハメになってしまった。
「寝正月なんて溜まったもんじゃねえからな。さっさと手洗ってこい。」
「はーい。」
 どうやら私の体調を心配してくれているらしい。このツンデレなところも“猫”っぽい。
 尾形に気付かれないように小さく笑いながら、言われた通りに手洗いを済ませに洗面所へと向かった。



「今日は一段と寒かったみたいだから鍋にした。」
「わーい!鶏?めっちゃ美味しそう!!」
「……たくさん食え。」
 尾形から受け取ったお椀の中には白菜やら鶏肉やら大根やらが沢山入っていた。
 椎茸が入っていないのは尾形が嫌いだからだ。
 きのこ入ってた方が美味しいのにと言い続けているのだが、断固拒否されている。
「休みはいつまでなんだ?」
「五日まで。」
「一週間無いじゃねえか。」
「ほんそれ。」
 はははと力無く笑うと尾形は何を思ったのか、スクッと立ち上がり、キッチン方向へと向かった。
 大概疲れてしまっていたので、何をしに行ったのか頭が回らない。
 とりあえず与えられた物をもぐもぐと咀嚼していたら、一升瓶とお猪口を持って尾形が帰ってきた。
「飲め。」
 ドンとテーブルに置かれた日本酒と尾形の仏頂面に圧倒され、一瞬目が点になってしまった。
「……ふ、尾形、ふふ、その筋の人、みたいっ…ふふ、ふふふ、あはは」
 けれどじわじわと面白くなってきて、笑いが止まらなくなった。



「あははは、……はー笑った、笑った。」
「そんなにウケることかよ。」
「いやだって女の子に日本酒差し出して飲めって。普通やる?」
 ちょっとズレているが彼なりに考えた元気付けなのだろう。
 そんな気持ちが嬉しくて、お猪口を受け取った。
「今日はとことん付き合ってよね。」
「あぁ。」



 最後の最後に笑って過ごすことができたのは、うちの“猫”のおかげでした。

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