キュートアグレッション

 柳は意外と噛みつき魔だ。

 今だって私が必死に予算とにらめっこをしている最中にも関わらず、首の後ろを噛まれた。本気で噛まれたわけではないにせよ、それなりの力で噛まれるので痛いことは痛い。小さな悲鳴とともにすぐさま手をその箇所に当て、やめろと訴える。

「なんでそうしょっちゅう噛むかな。」

「さあ、なんでだろうな。」

 質問に質問で返すのはやめろ。そう言いたかったが、口で参謀と呼ばれている男に敵う訳もない。そう分かっているから、文句を言いたいところをグッと堪え、せめてもの抵抗として柳を睨みつけてから再び帳簿に視線を戻した。後ろから柳の視線を痛いほど感じているが、今は無視だ。……無視だ。

「ほんと、何なの?痛いんだけど……。」

 噛まれた後ろ首が痛い。それから後ろからめちゃくちゃ見ているであろう柳の視線も痛い。そう暗に仄めかすように言うと、後ろにいた柳がふっと鼻で笑った。何を笑っているのだと柳を睨みつけるために振り向くと、当の本人は心底嬉しそうな顔をしていた。普段めったに感情を出さないくせに。

「そうだな……。強いて言うのであれば、俺の行動次第でお前がどうこうなるのが嬉しい。」

 だからつい噛んでしまう、なんて口元に手を当てながら言うものだから、絶対に楽しんでいる。言われた私としては、何馬鹿なことを言ってるんだと、空気が漏れたような生返事しかできなかった。それも少しも繕うことなく呆れた顔をして。

「で、本当のところは?」

「別に。そのままの意味だが?」

 そういった柳の顔をじっと眺めたが、何を考えているのか何一つ分からない。本当のことなど一つも言っていないかのような表情と言葉に、大きな溜め息を一つ吐き、諦めて再び電卓とにらめっこをする作業へと戻った。いつからだろう。こうやって柳が私にちょっかいを出してくるのは。そしてそのたびになんでと尋ねるも、のらりくらりとかわされて、結局何一つ答えは出てこない。柳の考えていることなんて何一つ分からない。もういっそのこと仁王と同じように詐欺師と名乗ったらいいのに。

「生憎、俺には既に参謀という肩書があるのでな。」

「おっと、それ自分で言っちゃう?っていうか口に出てた?」

「あぁ。」

 ついつい文句の一つも言いたくなってしまう。思わずそれが口に出てしまっていたようだ。そんな不機嫌な私を見て、柳はまた笑う。

「本当に夢野はかわいいな。」

 そうやって言ってくる言葉も本当かどうか私には分からない。

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