妖精の皮の靴

 わたしの顔が男の子に好かれやすいっていうことに気づいたのは、ホグワーツに入学して割とすぐのことだった。1年のころはハリーもロンもわたしと話すたびに顔を赤らめていたし、名前すら知らない他寮の上級生に告白をされるなんてことは珍しくなかった。

 3年生になってからは周りの女子生徒に感化されておしゃれに目覚め、今では誰よりもしっかりとスキンケアをし、上手にメイクをするようになり、真剣に服を選びはじめた。男の子に見られているという自覚も生まれ、ホグワーツ1もてる女子生徒って呼ばれることにもすっかり慣れた。まあ、1番そう呼ぶのが親友のロナルド・ウィーズリーだからなのかもしれない。

 誰に告白されても断り続けているのは、素敵な人と素敵な恋をしたいって思っているから。わたしにはきっとその資格があるはず。

 だから、ダメなの。これが恋なんて、有り得ない。

 9月、4年生を迎え、わたしはホグワーツ特急に乗っていた。毎年のようにハーマイオニー、ハリー、ロンの3人とコンパートメントで話を咲かせていると、車内販売のおばさんがにっこりと顔をのぞかせた。ハリーとわたしがお菓子を見ようと立ち上がるなか、ロンは大きく首を振る。それを買うお金はないんだと残念そうに言うのも毎年のことで、あんまり食べると夜のごちそうが食べられなくなるからいいのよ、とハーマイオニーが慰めるのも毎年のことだった。

 彼はお供を連れてそこに現れた。瞬間声をあげなかったことを、わたしは今でもほめてあげたい。

「仕方ないさ、ウィーズリー。君の家にはどうやら新しいローブを買う余裕すらないようだし」

 ドラコ・マルフォイはコンパートメントの中に座るロンを見ながらフンと鼻で笑った。ぐいぐいと背が伸びたにもかかわらず去年と同じローブを着ているせいで、袖は短いというのでは控えめなくらいだった。ロン自身そのことをひどく気にしていて、さきほどまさにその話をしているところだったので、ロンは鼻の穴をふくらませて怒りをあらわにしながらも、顔を赤くして恥ずかしがっている。

「黙れマルフォイ」

 ハリーとマルフォイがにらみ合う。この対立も、毎年のことだった。わたしたちはグリフィンドール、マルフォイはスリザリン。この2寮の生徒は伝統的にお互いのことを嫌いなのだ。わたし個人でだって、親友の悪口を言うやつなんてだいっきらい。本当に許せない。

 だから、ダメなの。マルフォイのことが気になっているなんて。

「なにかいるんですか?」

 車内販売のおばさんが強い口調で、しかしにっこりと言ったのをきっかけに、ハリーとマルフォイはお互いにらみ合いながら離れた。わたしは心を落ち着かせながら、かぼちゃパイを4つ、と伝えてお金を渡す。お釣りを待ちながらふと視線をあげると、一度だけ彼と視線が合う。瞬間目をそらし、差し出された硬貨とかぼちゃパイをすばやく受け取った。マルフォイは引き返し、そのとき彼のブロンドがさらりとなびいた。

 いやいや。彼と目が合ったからって、彼の髪がきれいだったからって、ドキドキなんてしていない、はず。しちゃだめ。だって彼は、スリザリンなんだから。”ろくなやつじゃない”んだから。

「4年生になったら少しは性格がよくなるんじゃないか、って期待すらしていなかったよ、僕」
「気にしちゃだめよ、あんなやつ」
「ねえ、やっぱりこのローブ何とかならないかな」

 かぼちゃパイに口をつけながら、意識をそこに集中させようと必死になった。無口になったわたしを、3人が少し心配していた。

 ホグワーツの城に到着し、大広間のグリフィンドールの席につけば、目の前にはフレッドとジョージが並ぶ。

「やあ、久しぶりサラ。相変わらず綺麗だね」
「今年も僕たちは君のとりこさ」

 この2人の場合、本気じゃない。去年は平日毎日大広間でわたしに愛の告白をすると宣言し、みごとに達成した。なぜ平日限定なのかとジニーが問えば、休日は休日で休日たるべきだからだと胸をはる。つまりこれは彼らにとって任務なのだ。からかうのは彼らの専門だった。

「今年もやるの?それ」
「少し悩んでるところ」
「2年連続達成もいいけど、目新しさはないからね」
「それに僕ら、呪いの手紙を受け取ったんだ」
「これ以上サラをからかったら許さないって、赤インクで」

 おお怖い、と肩をさする双子の目は明らかに笑っている。この2人も相変わらずね、とハーマイオニーはため息をついた。まったくだよね、と笑って双子から視線をそらすと、向こう側にはマルフォイの姿があった。見つけた瞬間に体がかたまる。久々に会うのであろう寮生たちと声を交わす彼の姿を見ていたいという自分の衝動に驚き、思わずふんっと視線を大きく左にずらした。するとそこでは夏休みに4度も手紙を送ってきたキーファがこちらを見ていたから、キーファは自分を見てくれたのだと思ったかのように笑顔でこちらに手を振ってくる。わたしは苦笑いで、2回だけ手を振り返した。

 たかがマルフォイが視線の先にいただけで!わたし、去年から本当におかしい。

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