掴むにはあなたの手は
※同性愛者主
※催眠術で女性になったと勘違いしているキバナ




夜遅く、もう寝ようかと照明のスイッチに手をかけた所で来客を知らせるチャイムが鳴り響いた。もう一度時計を見る。宅配便はありえないし、この時間に来る人間なんて絶対マトモじゃない。無視しようかとも思ったが、二回三回と鳴り止まない音に仕方なく、チェーンを掛けたままドアを開けた。
警戒しながら開けたが、その顔を見ることは出来なかった。見えてるのもしかして胸辺りかこれ。こんなにデカい奴はそうそういないし何となく誰かわかったが、視線を上にスライドさせるとやはり思い通りの人物だった。

「やっほー、カルト」
「ハァイ、キバナ…………どうしたの急に」

私の質問にパァッと顔を明るくさせて、キバナはハッキリした口調で言った。

「オレさま、女の子になれたんだ! だからカルトに見て欲しくて」
「……へぇ、そうなの?」
「あぁ、身長は高いままだけど、ほら、ちゃんと女だろ」

キバナは服を捲って腕や足を見せてくる。しかし彼の体は、いつもの、筋肉質で線の太い男らしいものだった。冗談だと笑い飛ばすには、彼の目は真っ直ぐ私を見て───いや、どこかいつもと目が違う。どこか濁っているような、ここに居ないような感じがする。どちらにせよ彼は今おかしい。このまま放っておくわけにはいかないと私は彼を家に上げた。

「お邪魔します。へへ、カルトの家久々だな」
「そうね、ほら、そこ座ってて」

テレビを付けてソファに座らせる。座り方も歩き方も、特に変化は見られない。ココアを作るからとキッチンに引っ込む。ここは仕切りがあるからリビングからは見えない。こっそりロトムを起動させた。

「ヘイ、ロトム。キバナのあれは何?」
「調べてみるロト! ……調べた結果、さいみんじゅつによる事故で同じような症状が報告されているみたいロト!」
「あぁ、さいみんじゅつか……なるほど。ヒトに使うとこんな風になるんだ……」

有能なロトムはすぐに答えを出してくれた。さいみんじゅつはポケモンをねむり状態にすることができるが、まさかこんな風になるなんて、考えたこともなかった。棚からココアの粉末を取り出しながらロトムと話す。

「これ元に戻るの?」
「時間経過で戻る場合がほとんどらしいロト」
「ううむ……じゃあちょっと様子見ようか」

ちらりと覗き込んだキバナはびっくりするぐらいいつものままなのに、彼には自分が何に見えているんだろうか。温めた牛乳でココアを溶かし、私とキバナの分のマグカップに注いでリビングに戻る。カップを手渡せば、また濁った目が私を見た。

「カルトって、女が好きなんだよな」
「え、うん。そうだけど……前話したっけ」
「今のオレさまなら、どうだ?」

唐突な質問は私の性的指向についてだった。確かに私は同性愛者で、男性とお付き合いしたことはない。話した記憶はないのだが、多分飲んだ時にでも話したのだろう。見上げる彼の青い視線はなんだか珍しくて少し緊張する。
どうだと聞かれれば、正直答えはノーだ。今までそんな目で見たことはないし、それは彼が男という性別だからだ。別にキバナが悪いわけじゃない。ただ私の好みがそうだと言うだけで。じゃあ彼が本当に女になったらどうなんだろう。キバナはとっても素敵だから、好きになることもあるのだろうか。

「えっとね、その、急に言われても困るっていうか」
「……やっぱり、ダメか? 突然女になったなんて、気持ち悪いか?」
「そういうわけじゃないの。ただ、キバナは今正常な判断が出来ていなくて」
「でも今じゃないとダメなんだ。男に戻ったら、もうチャンスがないから」

どうやら私は余程好かれていたようだ。キバナは普通に友達で、(私は覚えていなかったが)私の指向を知っても拒絶しなかった数少ない大切な友達なのだ。しかしこれは、知らないふりができない領域まで来てしまっているだろう。どこのポケモンか知らないが、よくも私たちの友情を壊してくれたな。
嘘をついて了承するべきか、本当のことを言って拒否するべきか。きっとどっちを選んでも、キバナは傷つく。おそるおそる口を開いた私の顔をみて、キバナも私の言おうとしている答えに多分気づいていただろう。

「キバナ、その、ごめんね……」
「…………何がいけなかった? 話し方? 体つき?」
「……キバナとは、友達でいたかったの……」
「そ、っかぁ。じゃあむり、だな」

私が言い訳を探している間に、キバナの目から溜まった涙が一筋流れる。彼はそっと顔を伏せた。小さく背が震えている。あぁ、私も泣いてしまいたい。
キバナはいつになったら自分の姿に気づくのだろう。自分の指向を恨んだことは何度もあるけれど、こんなに辛いのは初めてだった。大切な友人を泣かせるぐらいだったら、男も好きになれたら良かったのに。彼はどこまでも男らしくてかっこいいのだ。

「性別とかじゃなくて、ただ、友達としか思っていなくて。だから、キバナは悪くないよ」
「じゃあ、友達に戻ってくれるか」
「勿論」

やっと落ち着いてくれた、と思ったら、突然キバナの目から涙が溢れてきた。ぎょっとしている間に嗚咽も出てきて、訳も分からないまま背中を摩った。

「ご、めん、ほんとうに言うつもりは無かったんだ。でも、やっと、好きになってもらえるかもって、」
「……うん、うん、そっか」
「なぁ、キスだけでも、ダメか? それで、ちゃんと、諦めるから」

私は迷った。したいかと言われればそうではないし、彼は私の好みではない。でも、この界隈にいると『私はレズだけれど、夫だけは違うの』『彼だけは特別なんだ』という言葉をよく聞く。セクシャルはその時々で変わるものだということも分かっている。それが私にとってのキバナになり得るかもしれない。今のところ嫌悪感もない。
自分の頭の中でああでもないこうでもないを繰り返して、やっと決めた。キス、してみよう。

「目、閉じて」

キバナは涙を止めて、青い目を瞼に隠す。両手で頬を掴んで、ゆっくりと唇を近づける。この距離に人の熱があるなんていつ以来だろう。キバナの輪郭は固いが、ふに、と触れた唇は女と変わらない。私も目を閉じちゃったから、キバナがどんな顔をしているのか分からないまま、またゆっくりと離せば、ちょっと塩の味がした。きっと涙の味だ。

「……、ありがとう」

長い睫毛を持ち上げて、私の友人は哀しそうに笑った。 情けないなと顔を隠すその手が、筋張っていて大きいのがやけに目に付いた。
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