夢の残骸 マナーモードに設定し忘れたスマホから軽快な音がした。仕事中だったが、一瞬だけ通知を確認すると、カルトからのメッセージであることを知らせていた。湧き上がる喜びと返信したい気持ちをぐっと堪え、スマホの電源を落とした。仕事中にスマホを弄るなんて部下のみんなに示しがつかないし、おれがそんなことをする人間だったらカルトも嫌がるだろう。 それに、このメッセージを見れば、オレさまはきっと傷つくから。そうわかっているのに、そわそわしたまま仕事に戻った。 仕事が終わったのは夜もまあまあ更けたところだった。疲れて乾燥した目でアプリを開けばカルトからのメッセージが一番上にあった。タップひとつで簡単に見られるのに、おそろしくてなかなか押せない。やっとのことでアイコンを押して内容を読む。やっぱり思った通り、オレにとっては楽しい内容ではなかった。何を返したらいいか、疲れた頭では思いつかないからとりあえず電話をかけた。声が聞きたいのもあったんだけど。 『今まで仕事だったのか? ごめん、ちゃんと考えずに送っちゃった』 「いや、いいんだ。またスタジアム行ったのか?」 『あぁ、そうなんだよ! 公式じゃなくてもやっぱりダンデはすごかった』 「そっか、よかったじゃん」 しばらく他愛もない話を続けた後、もう一度文面を見る。そこにはこの前の試合でのダンデを褒める言葉が並んでいた。履歴を遡ってもダンデの試合の感想がダンデの勝利の度に送られている。あーあ、オレさまも無理言って出とけば良かった。「オレさまも褒められたかったわー」スマホを触りながらの明るい声の独り言とは裏腹にずくずく痛む心臓を押さえる。早くこいつを好きになるのをやめたい。 カルトはダンデのファンクラブに入っていて、ナックルシティに住みながらシュートシティのスタジアムまで月に何度も通う重度のファンだ。オレのファンクラブにも入っているらしいが、愛の重さが明らかに違う。ダンデを見る目はいつもキラキラとしていて、そんな目が向けられることのない自分が嫌だ。ダンデのファンをやめろなんて言えないし、かといってカルトから離れることもできない。行き詰まって動けないまま、ただの友人を続けている。 ため息をついて寝る支度をしていると、また通知の音がした。ポップアップで表示された『今度一緒に飲もう』の文字で一気に晴れた気分が、まだカルトから逃れられない未来を示していた。 カントー地方から来た店長が開いたという居酒屋は中々に繁盛していて、オレたちはガヤガヤしている店の中で比較的静かな個室に向かった。「個室があるからちょうどいいと思って予約したんだ」カルトはなんでもないようにそう言うが、オレは身長もあるし変装もあまり意味がないからこの気遣いはありがたい。それでもパパラッチはしつこいが、もう気にしないことに決めた。この前みたいにちょっと喋っただけのモデルとの熱愛をでっちあげるぐらいなら、カルトが恋人だって写真のひとつでも撮ってくれたらいいのに。 仕事終わりのカルトはネクタイを緩めながらビールを注文している。ジムチャレンジの時から一緒なのに、こんなに選ぶ道が違うのは驚きだ。あの時は、ずっと一緒にバトルできると思っていた。オレとカルトは同じドラゴンタイプを選んでいたから気が合ったし、トーナメントまでオレとダンデとカルトで三つ巴だった。 ぼんやり考えに耽っていると、パン、と手を叩いたカルトが届いたばかりのビールを掲げた。 「はい、今日もお疲れ様でした!」 「おつかれ、カルトは唐揚げとだし巻き玉子だよな?」 「うん、あっヨワシのフライも!」 「わかった」 何度も飲みに来ているから好みはもう覚えている。注文を終え、ビールを飲みほしていい笑顔をしているカルトを見ながら、通しの和え物を食べる。カルトの仕事の話や最近の出来事に耳を傾けるこの時間がとても心地いい。 「あー、ねぇねぇ聞いてよ、この前のダンデの試合すごかったんだ!」 「……へぇ、そうなのか」 「またリザードンのぬいぐるみ買っちゃったよ」 もう酔い始めたのかテンションが高いカルトの口からダンデの名が出た途端、暗い感情が顔を出した。なんとか抑えながら自然な相槌を打つ。オレもその試合見たよ、なんて盛り上がれるのは初めだけだった。オレもダンデの試合は逐一チェックし続けているが、好きな人間からライバルの賞賛なんかもう聞きたくない。 へらへらと力のない笑みでスマホのカメラロールから購入したというグッズの写真を見せてくるカルトとの距離の近さに心臓が跳ねるが、向こうにはなんの他意もないのだから虚しくなってしまう。 「ほらほら、これ。めっちゃかわいい」 「ふーん……ってこれ、ジュラルドンのもあるじゃん」 「あれ、言ってなかった? おれ毎日こいつと一緒にいるぞ」 写真にはダンデのリザードンと、二分の一スケールとかなんとかで作られたオレのジュラルドンのぬいぐるみが映っていた。まあまあの値だった気がするが、買ってくれたのか。ちなみにオレの家にもスタッフから貰ったのがあるからこれはお揃いにカウントする。 話しながらもまた酒に手を伸ばすカルトを制する。もう顔が赤い。もうそろそろ止めておかないとカルトは眠ってしまう。 「こら。飲みすぎだって」 「……これが飲まずにやってられるかー!」 「あぁ、手遅れだったか……」 叫んだカルトはおれの制止をすり抜けて一気に飲み干した赤い顔のまま立ち上がりオレさまをビシッと指さした。このテンションの変化にも何度も付き合ってきたが、ちっともついていけない。 「この前の週刊誌見たぞ! お前彼女いたんだな!?」 「あぁ、あれ、デマだよ。前も似たようなことあっただろ」 「…………そうなの?」 なーんだ、とカルトは座り直してまたフライを食べ始めた。落ち着いたようでよかったが、やはり酔いすぎだ。グラスをそっと自分の方に寄せて水を渡した。 まさかカルトがあの記事を読んでいるとは思っていなかった。あのパパラッチ訴えてやろうか。否定はしたが何人信用してくれたか分かったもんじゃない。記事に寄せられた似合いの二人だ、なんて無責任な言葉に苛立つ。お前らのせいで好きな人に勘違いされた。 「なんであんな記事読んだんだよ」 「そりゃあ読むでしょ、だっておれキバナ好きだし」 「……はっ?」 「だから気が気じゃなくて……ずっと聞こうと思ってたけど、本当だったら死にそうだから聞けなかった」 腹がいっぱいになったのか唐揚げを箸でつつきながらカルトがさらりと言う。行儀が悪いぞと注意する余裕もなく、急に乾いた喉から言葉を絞り出すので必死だった。酔ってるからってそんな爆弾落としてくるとか今まで無かっただろ。 「だって、お前は……ダンデが好きなんじゃじゃないのか」 「なんでダンデ……? おれはキバナが好きだよ、ずっと」 「あんなに試合行ってるから、おれはてっきりダンデが好きかと……」 「いや、だって気になるじゃん、ダンデの試合面白いし。でもおれキバナの試合もめちゃくちゃ観てるよ、照れるかなと思って言わなかったけど」 「……知らなかった……」 「ダンデに負けたの未だに引きずってるのもあるんだけど。仕事もあるしさ、こんなに試合通うの中々きついんだけど、キバナと共通の話題ってこれぐらいだし……と、思って…………」 「まて、待て。まだ寝るな」 途切れ途切れの言葉を吐きながらうとうとし始めたカルトを揺さぶる。よほど眠いのか白目を向きそうになっているが、ここで寝かせるわけにはいかない。オレも上手く状況が掴めないが、この大チャンスをなかったことになんてされてたまるか。 揺さぶり続けてようやく、ゆっくりと目を開けてカルトが優しく笑った。するりとカルトの手がおれの頬を撫でる。その顔は笑っているのに悲しそうだ。顔が今までで一番近くにあったからキスしてもらえるかと思ったが、親指が目の下をなぞっただけだった。 「カルト、」 「おれの夢はもう終わったけど、キバナは強いから、きっと勝てる。絶対ダンデに勝ってくれ」 「……言われなくたって、勝ってやるさ」 うん、とひとこと言ってカルトは眠りについてしまった。どうやらおれが抱えて帰ることになりそうだ。 カルトも悔しかっただろう。あの時、確かカルトはダンデに直接負けていたはずだ。泣きじゃくるカルトの顔を今でも覚えている。ならば、オレさまの負けにカルトの分も乗せて返してやらねば。 そういえば、ここまで言われたのにオレもカルトが好きだと言えていない。もしも酔っ払って何も覚えていないだとか言われた時の為に、スマホを取り出して一枚写真を撮った。二人分の食事(ちょっと酒が多いけど)と、カルトの腕をちらり。意味深なコメントを添えて投稿した。いつもの、ネズやダンデとの写真とは雰囲気の違うこの写真を、ファンたちはどう捉えるか。おれの思い通りに皆が想像してくれたら、カルトも言い逃れはできまい。投稿には早くもたくさんの反応があり、明日のカルトの顔が容易に想像できた。 おれの夢は終わった、なんて言わせるか。ちゃんと恋人になれたら、これから二人の夢にするのだ。 オレさまの勇姿、関係者席で見せてやらねば。 |