First
Anniversary
You are so sweet!!!
ジャローダは気高く美しい。女王を彷彿とさせる見た目や賢さから貴族や金持ちに人気だが、なまえのジャローダは特に綺麗だ。贔屓目じゃなくて、本当に。そのぶんプライドもリュウラセンの塔を軽く超える高さだが、そこも含めてなまえはジャローダのことを愛していた。
なまえの唯一のポケモンは10歳の誕生日に博士からもらったツタージャだ。なまえのツタージャはこどもに与える初めてのポケモンとは思えないほど気が強くて、気に入らないポケモンフードをツタでぶちまけたりボールに入ったきり出てこなかったりと、散々に振る舞っていた。ブリーダーの世話したポケモンたちの中で特に賢かったツタージャは、ブリーダーのもとで見たテレビの内容を理解していた。だから自分がバトルタワーの優勝者でもミュージカルスターでもない、凡庸な幼いニンゲンの手持ちになったことが許せなかった。自らの力に気づけと、覚えたばかりのツタを振り回してニンゲンを遠ざけようとしてもニンゲンはちょっと困った顔をするだけで、ツタージャをポケモンマスターのもとに預けたり、ツタージャの為にステージで一番目立つような王冠を与えたりもしなかった。
というのも、たまに遊んでくれた近所の青年がツタージャを貰っているのを見た憧れでツタージャを選んだなまえは、強すぎるこだわりも高いプライドもテレビで見たスターのようでかっこいいと思っていたからだ。だが親たちはそうとは考えなかった。
「そのツタージャ、交換してもらいなさいよ」
「でも、おれのだよ」
「あなたじゃ手に負えないでしょ」
子供のためを思っての母親の言葉は、本人には上手く伝わっていなかった。たしかになまえは毎日ツタージャに振り回されていたしツタの跡もあちこちにあったから、なまえも大人になって両親の気待ちもわかるようになったが、幼いなまえはどうしたらいいのかわからないまま母親から逃げ出すようにツタージャと散歩に出かけた。ツタージャは森奥の薮に紛れて野生のポケモンと勝手にバトルを始めた。
「ツタージャは、おれのこときらいなのかな」
ツタージャを見失ったなまえはその場に座り込んで、ずっと考えていたことをつい言葉に出した。きっとツタージャには聴こえないと思った故のただの呟きだったが、ほとんどのポケモンはヒトより感覚が鋭く、バトルを早々に終わらせてなまえをこっそり窺っていたツタージャには聴こえてしまっていた。
「でもおれは友達になりたいし、ツタージャと一緒にいたいからなぁ。どうしたらいいのかな」
ツタージャは黙ってなまえの独白を聴いていた。友達とはポケモンには存在しない概念だが、一緒にいたいというなまえの言葉で、これまでのなまえの様子について考え始めた。
なまえは毎日ツタージャに食事を出した。望んでいなかったから跳ね除けたが、こっそりとなまえの食事を分けてくることもあった。小遣いを貯めて仕組みも知らぬくせにゴージャスボールを買ってきて押し付けてきたこともある。それに、先程のセリフだ。なんだか自分のことをとても必要としているようではないか。ポケモンマスターには程遠いだろうが、このニンゲンだってひょっとしたら頭が良くなるかもしれない。
今までのことを思い出したツタージャは、簡単に言うと絆された。自分をこんなに必要としているならば、多少は一緒にいてやってもいい。薮から顔を出したツタージャを満面の笑みで抱きしめたなまえの手をはたきなから、未来の豪華な生活に思いを馳せた。
「いたたたた、痛いってばジャローダ」
脚を尻尾で叩かれながらも首元のツルを霧吹きで濡らし拭い続けるなまえは結局ポケモンマスターにもミュージカルスターにもならなかった。それどころか、ツタージャ以外に手持ちを増やすこともなくバトルもしなかったから、ツタージャは自分でバトルをしてジャノビーになり、ジャローダになった。なまえがバトルをしなかったのはツタージャに痛い思いをさせたくなかったからだが、ツタージャが望むならばとバトルで勝つ為に手持ちを増やそうとした。しかしそれを許さなかったのはツタージャだった。なまえの投げたボールを全部弾いて、捕まえる前にどんなポケモンも倒しきったツタージャの行動が理解できなかったなまえはツタージャに理由を教えて欲しいと頼んだが、何も答えずに高級なフードを強請った。
「きれいにしないと怒るくせになぁ」
尻尾は拍子を刻むように延々となまえの脹脛を叩き続けたか、なまえはちっとも気にしていないようだった。10年の無茶振りですっかり慣れたなまえは、ジャローダの一見無意味な攻撃を甘えだと考えるようになったからだ。なまえが自分の言葉を理解しないと知っているジャローダは間違った認識を訂正する代わりに、ニンゲン用にかなり手加減したアイアンテールをお見舞いしてやったが、それすらも照れ隠しだと思っているらしいなまえに、ジャローダは今度こそ何も言わなかった。その気になればいつだって殺せるほどの力の差があるのに無防備ななまえに呆れすら覚えた。
「はい、綺麗になったよ」
頭を撫でようとしたなまえの手を避ければ、なまえは少し悲しそうに散歩に行こうとジャローダをボールに仕舞った。ジャローダは素直にそれを受け入れこの季節に咲き誇っているだろうサクラに、いつかと同じように思いを馳せながら目を閉じた。
都会に出てバトルをすることもなくなったジャローダを運動させようと、なまえは初めポケモン用の公園へジャローダを連れていったが、足のなくなった身体では、コンクリートの上を滑る時に傷がついてしまい、それに気付いたなまえがわざわざ遠くの草原まで車を出すようになったのだ。ジャローダにとっては痛くもない、すぐに治るような傷なのに、慌てて傷薬を吹きかけるなまえの姿に気分が良くなったジャローダは、その日は一度も尻尾をなまえの背に叩きつけることをしなかった。
しばらく眠った後に見たサクラは美しく、まだ満開というわけでは無かったがジャローダは気分よく柔らかい草の上を這った。なまえは一番大きい木の下でその様子を眺めながらぽろりと言葉を落とした。
「ジャローダは、おれのこと嫌いなのかな」
ジャローダはたしかにその言葉を捉えたが、するすると先へ進みながら聞こえないふりをした。
「ブラッシングもお風呂も毎回嫌がるしなぁ。まさにロイヤルポケモンって感じだけど、嫌われてるなら無理させたくないし、ううむ」
腕を組んで悩むなまえが吐き出したそれは、なまえがずっと思っていたことだ。ジャローダを手持ちに加えている知り合いは一人もいないから他の人がどうしているかなんてわからないが、最近流行りの写真投稿サイトでは綺麗な家で優雅に暮らすセレブのジャローダが拡散されていた。それに対し、なまえは平凡な稼ぎの会社員だ。無趣味で自らの生活に無頓着であるため、ジャローダの高級志向にもなんとかついていけているが、本当はあの写真のような広い家で暮らす方がジャローダにもいいのではないだろうか。あの家には庭もついていた。好きなこの場所に週に一回しか連れて行けない自分は嫌われていてもおかしくはないのだ。大人になった今だって、体のあちこちにツタの細い傷痕が増え続けている。
しかし、風ではらりと落ちた花弁に目を細めたジャローダを手放したくないとも思う。10年一緒に居たのだ。初めの友達になりたいという思いとは違ってほとんど下僕みたいなものだけれど、こんなに強くて賢くて美しいポケモンと共に生きてこられたことはとても幸運だ。見限られるまで、このポケモンと一緒にいようと結論付けたなまえは大声でジャローダを呼び寄せた。
「これからジャローダの好きなお菓子屋さんに行こうと思うんだけど、うわっ」
なまえの声に反応して方向を変えたジャローダはそのままなまえの身体へ突進した。間抜けな制止の声を無視して男にしては細い体を締めつければ苦しそうな呻きが上がった。しかし力が弱まる気配はない。何故ならば、ジャローダはとても怒っているからだ。
そう、全ての呟きを聴いたジャローダは怒っている。ジャローダはこんなにも分かりやすく行動してやっているというのに、勝手に悩む男なんか暫く自分の腹の中で苦しんでいればいいのだ。
「何だって直すからさ、何がダメなのか教えてくれよ」
痛みに喘ぎながらジャローダの機嫌を取る愚かで愛おしいこの男が何に成ろうとも、最早手放す気など少しもないのだから。