First
Anniversary
ぜんぶ奪っちまえ
初めは今は組織を去った太宰幹部がおれの医務室に龍之介を放り込んだことだった。包帯の補充だと思って用意していたのに現れたのはボロボロの少年と拳を血で濡らした太宰幹部だったから驚いて抱えていた包帯をすべてぶちまけてしまった。太宰幹部は落ちたそれのうちひとつを拾い「宜しく」とだけ云って部屋を出て、残されたおれは正しく"手負いの獣"を体現する彼と向き直った。
結果的に言うと、この戦いはおれの勝ちだった。殆ど痛み分けだが、治療を受けさせたのだから医者であるおれの本分は果たしている。終始不服そうな顔をする彼に包帯を巻き、折れた骨には異能を使った。ベッドに寝かせ独りにしてやると漸く眠ってくれたからおれも珈琲を淹れ考える。太宰幹部はこうも下手な訓練をするだろうか。おれには知りえない思惑があると判ってはいても、こんなに幼い子どもを傷まみれにするのは胸が痛んだ。
おれを睨みつけながらベッドから逃げようとする彼からなんとか名前を聞き出し、その後も彼が太宰幹部に放り込まれる度に「勝つための基本は健康な身体」とベットに寝かせ「休むことも結果的に勝利に繋がる」と茶を出し、「甘いものは脳に良い」と菓子を与え、他にもあれこれ世話を焼いていたらいつの間にか甘え上手に育っていた。それが全ての人間に向けられるものなら良かったのに、そういうわけではないらしいからこの子は生きづらいだろうと勝手に心配している。
傷がなくても部屋を訪れるようになってもう長いが、この日龍之介は珍しく傷を負っていた。目を開いて血のついたシャツを見るおれを、一寸罰の悪そうな顔をした龍之介が見つめ返した。
椅子に座らせシャツの前を寛げれば、相変わらず薄い腹が露わになる。かすり傷と打撲痕は見慣れたものとはいえ、可愛がっている子についているとやはり痛々しい。
「お前がこんな傷をつけるなんて珍しいじゃないか。シャツも洗っておいてあげるから脱ぎな」
無言でシャツから腕を抜いた龍之介の頭を撫でれば何か意図を含んだ目で見上げられるが無視した。龍之介がもう二十歳であるとか、そんなことは関係ないのだ。誰にも望まれないおれたちの誕生日なんて、ケーキを食べ酒を飲む口実でしかない。ずっと甘やかされていればいい。代わりのシャツを緩慢な動きで着た龍之介が黒い目でおれを見上げる。
「暫く寝たい」
「真逆その傷で帰るつもりだったの? おれが銀ちゃんに連絡しといてあげるから、今日はここでゆっくり寝なさい」
「必要ない」
冷たいんだから……と聞こえるぐらいの小声でブツブツ云っても龍之介は何食わぬ顔をしている。こういうところは昔から変わらない。太宰幹部の話の時だけは少し興味を持つようだが、それも些細な変化だ。その程度のことが可愛げに見えるおれもおれだが。
包帯を巻いている間に
「さむい」
全く、どこでそんなのを覚えてきたんだ。
こどものころ凍えぬよう身を寄せあった時とは違う、ただ幸福のためだけの熱だ。心臓と同じリズムで弱く脇腹を叩かれる。こんなに気持ちがいいのに抵抗する理由が判らない龍之介は白衣を脱いだなまえの胸元に頭を押し付け目を閉じた。
───コンコン。
微睡みへ落ちる寸前の意識を引き止めたのはノック音だった。なまえの名を呼ぶ男の声は聞いたことがない。恐らく使いっ走りの新入りだろう。
なまえが龍之介の耳元へ口を寄せる。龍之介を不必要に起こさないよう、返事も求めていないぐらいの小さな声だった。
「龍之介、お客様だ。お前はここで寝ていていいから」
「……駄目だ」
眠りを邪魔された苛立ちは、眠ることでしか癒せない。それがなまえ相手の共寝ならば尚更だ。龍之介はなまえの背中へ腕を回す。寝台に隠してしまえば名前は誰にもみつからない。二人揃って息を潜めるうちにノックの代わりに遠ざかる足音を聴いて、龍之介は体から力を抜いた。
しょうがないとでも云いたげな溜息とともに自らに回される腕の温もりを感じながらこれで正解だったと龍之介は心の中で独りごちた。今だけは宿命も劣等も無縁だ。なまえが龍之介のものであること以上に幸せなことなど何もないのだから。