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初めてキバナを見た時、綺麗な顔をしているなと思った。褐色の肌も、南の海みたいな青い目も、作り物みたいだった。
どうやってキバナと友達になったかは覚えていない。フットワークの軽いキバナと特に人見知りのないおれなので、どちらからか話しかけて、一緒に遊んで仲良くなったんだろう。子どもの頃って多分そういうものだ。他の誰よりもキバナと遊ぶことが多くなって、それは今でも続いている。そのうちおれは元来の弱さから人の内面というものが怖くなり、結局こんな軽薄な人間になってしまったが、キバナは気にせずおれのもとにいてくれる。だからおれもキバナの可愛くない面だって臆せず愛することが出来るようになった。背が高すぎるところとか、時々周りが見えなくなるところとか、ベタベタにくっついてくるところとか。
今日は大してやることもないのに貴重な休みをおれの家で潰して、おれの平凡な仕事の話を隣で楽しそうに聞いている。ジムリーダーや番人には守秘義務があるから専らがおれの話だ。だらだら喋って、沈黙があって、どちらかが思い出したかのように話し出す。そうして日が暮れたらキバナは家に帰って、たまに朝まで飲み明かす日もある。
こういうどうでもいい一日をキバナは大切にしてくれている。カメラに収めたところでちっとも映えないような日々を。こういうところはキバナの可愛い面だ。
「そっちのお菓子とって」
「はーい……たまにはオレさまのこと構ってくれてもいいんじゃない?」
「さんきゅ。忙しいから無理」
スマホの画面をスワイプしながら、また昔の記憶を掘り起こす。十歳になって周りがジムチャレンジに向けてバトルの準備をしている中、初めから挑まなかった。キバナという天才がいるのに、わざわざそんなことする意味が見いだせなかったからだ。挑んだことで得られるものもあるんだろうけど、それはおれにとって大したことではなかった。当時のおれに仕事や人生のことはまだ考えられなかったが、興味があることはあった。だから少し寂しそうなキバナを送り出して、テレビでその活躍を見た。セミファイナルで現チャンピオンのダンデとぶつかり、敗れた姿を今でも覚えている。おれの地元の人間はみんな口をあんぐり開けて驚いていた。キバナが負けるはずがないと。おれもそう思っていたから、そんなレベルの高い世界に挑まなくてよかったなというのが半分、どうやってキバナのことを慰めようかというのが半分だ。結局キバナはひとりで立ち直り、今では最強のジムリーダーとして君臨している。昔からずっと、キバナを素晴らしい友人だと思っている。
キバナがおれの耳のピアスを触る。手つきが遠慮がちだから無視してスマホを眺めることにする。SNSに大切な情報なんてほとんどないけど、考え事をするには十分な話題だ。
少年が青年になって、キバナの背がぐんぐん伸びていく中おれの成長が止まった時からキバナとおれの距離は近くなった。元々一般的な友達というものよりも仲がいいと自負があったおれが、何故突然そんなことを思ったのか。
特に印象的な出来事が起こったわけではない。ふと睫毛に縁取られたターコイズブルーが、ずっと近くあると気づいた瞬間があったのだ。一度その距離感に気づいたら、キバナがこっそり背中に寄りかかってきたり、二人で撮った写真を大切そうに見返していることにも気づいた。
「そういえば、この前キバナさまがテレビ出たの見た?」
「あー、なんか密着されてたね。めっちゃウケた」
「真面目に取材されたのになー、かっこよくなかった?」
「はいはい」
「流すなよ」
キバナの行動の意味をひとつひとつ考えた。本を読むのは好きだったから、その行動をとった理由やきっかけをいつか読んだ話に当てはめて、その結果キバナはおれのことがすきなんじゃないかという考察に辿り着いた。
『オレと、恋人になって欲しい』
そこであのレストランでの告白だ。ここでおれは自分が取るべき行動について少し迷った。
キバナのことは好きだ。これは世間で言う恋で間違いないと思うし、恋人という関係には魅力を感じる。このレストランの値段とキバナの服の気合いの入れようからしておれはかなり好かれていると思っていいだろう。
でも、それじゃただの恋人だ。キバナが今まで相手をした人間と何も変わらない。おれはそれでは嫌だった。
『チャンピオンになったら付き合ってやるよ』
だから、これはおれの意地を見せつけるための行為だ。お前が夢を追いかける姿をずっと見てる。十年だろうが一生かかろうが、どれだけ時間がかかっても待つ。お前が夢を叶えて、それでもおれを好きだって言うんならおれは堂々と自分がキバナの特別であると胸を張れる。
キバナは戸惑いや悲しみを目に浮かべて、それでも笑っていた。多分、おれが思ったことは伝わっていない。でもそのうちキバナは知ることになるだろうから特に気にはしない。意思の表明の手始めに、キバナと同じピアスを開けた。不安な思いをさせたことへの少しの罪悪感もあった。今までピアスを開けていなかったのは身体へ穴を開けるに伴う痛みが怖かったからだが、キバナのためだと思うと特に嫌ではなかった。地味なおれに、輝く金色のピアスは少し違和感があった。でも、これにも慣れなければならない。いつか、このピアスよりも輝いている人間が横に来ることになるから。
おれはキバナがチャンピオンになると信じている。その時のお祝いには、おれがあのレストランへ連れていくのだ。