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何気なく投稿した写真だった。特に変わったものでもない、不本意ながら恒例となってしまった敗北後の自撮り写真には多くの励ましや褒め言葉が寄せられた。オレとしても、負けたものの得られるものはあったし、全力を出したから後悔はない。また頑張ればいい、と、思ってたんだけど。
好意的なものの中でたったひとつ仲間はずれのそのコメントから目が離せない。オレが気づくよりも先に反論のコメントがつけられていたが、同意を示すものも少なからずあった。いつもなら帰る前にシュートシティの店通りでも眺めるところだったけど、誰にも会いたくなくてスタジアムを出て直ぐにタクシーを飛ばした。
いつまで経ってもあのコメントが頭にくっついていた。正論といえば正論。でも言い過ぎてるし、しかし的を射ているし?もちろん人に見せて恥ずかしい練習も試合もしていない。でも、でも。
頭を振ってなんとか暗い考えを落とそうとする。それでも離れないから、仕方なく寝る準備を進める。明日はオフで、セトと遊ぶ日だ。


結局眠れたのは空が薄ら白み始めた頃で、中途半端な睡眠しか取れなかったせいで頭が痛い。吐き気もあって食事も摂れず、薬とそのためのゼリー飲料だけ詰め込んで用意をした。眉間にシワがよっていることを自覚しつつ、待ち合わせ場所でオレを見つけ肩のあたりで手を振ったセトに軽く手を挙げて返す。

「やっほー。昨日もおつかれ、かっこよかったよ」
「あーうん、ありがとう」
「……じゃ、行くか」

笑顔を作って上手く返したつもりだったが、声は後悔した。この様子じゃ元気がないのが丸わかりだ。セトはなんとなく調子が悪そうな返事をして目的のブティックへ足を向けた。その後ろ姿を見ても、やっぱり気持ちは上がらなかった。
ナックルシティで一番大きなブティックはセトの好みらしく、よく二人で服を買いに来る。

「これキバナ好きそう」
「あーいいじゃん。一緒に買うか?」
「いや待って、おれさっきのシャツも気になってるからもうちょい悩む」

やっぱり一緒にいて一番楽しいのはセトだと思う。ちょっとメディアに出ると周りの人間の態度は一気に変わってしまった。その中で、唯一と言っていいほど変わらなかったのがセトだ。昔と同じ距離感に救われていることを自覚しているから、それを感じ取られないように気をつけている。


「おい、あれってキバナじゃね?」
「うわマジだ。毎回負けといて、よく自撮りとかできるよな」


若い男の声だ。いくらか通路を挟んだ向こうから聞こえたそれは、オレに聞かせようと思っての発言ではないだろうがそれなりの声量は無遠慮に鼓膜を揺らした。体温がすっと下がる気持ちがして押し込めていた吐き気がぶり返す。今自分がどんな顔をしているかわからなくて、とにかく平静を装った。セトにも聞こえただろうか。

「……キバナ」
「ん? どうかしたか?」
「いや、やっぱコレはいいや。違う店にしよ」

体に当てていた服をラックに戻し、セトは出入口へ歩く。オレもさっさとこんな店出たいと思ったのに、やけに足が重い。熱さを増す目頭に力を入れても、もう涙はそこまできて─────

「まだ泣くな。あっち行くまで耐えて」

強い語気に、少しだけ頭が冷える。息を吸い直して、なんとか耐えた。

「……ン」
「そう、その調子。代わりにおれがめちゃくちゃ睨んでるから安心して」

セトが睨んでいるからか、それ以上野次は飛んでこなかった。町外れの人気のない公園のベンチに座らせられたところで、1粒だけ眼窩から零れた。見られる前に大袈裟に拭って、背中をさするセトの手を振り払った。ひたすらに惨めだった。
「無理するなよ」
「ゔ……いい、いいから、ひとりにして……」
「いやでもさ、」
「あっちいけよ、もういやだ」
「……わかった。じゃあ10分経ったら連絡して、それで解散でもいいからさ」

セトは簡単に離れて、オレは一人きりになった。
あぁ、面倒だって思われた。こんなにあっさりと放っておかれるとも考えていなくて、一人になりたいのは本当でもますます悲しくなった。10分経ったところで気持ちが変わるはずはない、と思っていたが、いつの間にか考えていることは自分を嫌っているかもしれない人間のことではなくセトにどう思われているかということになっていた。明るく振舞ったほうがいいのか、それとも繕う必要はないか。真っ暗なスマホの画面を見て、それ以上動けないでいた。

「来ちゃった」

明るい声が上から降ってきて、おれは弾かれたように顔を上げた。その勢いにセトも驚いて、オレたちはしばらく何も話せなかった。何を言わないといけないんだっけ、と何とか頭を働かせて、ようやく口を開いた。

「……連絡、できなくてごめん……」
「いやいや、キバナはなんも悪くないよ。勝手に来たおれが悪い」

だからお詫び、と差し出されたのはキャップ付きの紙カップだった。ふわりと香ったコーヒーの匂いに戸惑って何も言えないオレに、セトが眉を下げた。

「やっぱり砂糖入りはまずい? 買った後に気づいたんだよなー……我慢して飲んで」
「そうじゃなくて……なんで、オレ、ひどいこと言ったのに」
「あんなのキバナのせいじゃないって。とりあえず今日は帰ろう? タクシー呼ぼうか」

コーヒーの熱を逃がしたくなくて、両手でカップを握りこむ。セトの温かさに直接触れたような気がした。

「いや、自分で呼ぶよ……ほんとに、ごめん」
「こんなにヘコむキバナ初めて見た。写真撮っとこうかな」

笑いながらスマホを向けるセトにやめろよとレンズを手で覆う。いつの間にかオレも笑っていた。
コーヒーを飲みながらタクシーの到着を待つ。セトが最後の一口を一息に煽った後言った。

「おれはキバナの写真好きだよ。戦ったんだなって感じがして」
「負けてても?」
「勝ち負けをフィールドの外にいる奴らが語るのは嫌いだな。キバナが努力してるのなんて見たらわかるじゃん」

セトはオレを下手に持ち上げることなく、優しく受け入れてくれた。

「そっか」
「おう。次はもっと遠出しような」
「うん」

翼が羽ばたく音が聞こえる。暗くなり始めた空でも目立つ黒が地上に足を下ろす。乗り込む前にコーヒーの礼を言うと、セトはなんとも思ってない声でどうしたしましてと言った。

「バイバイ、ちゃんと寝ろよ」
「うん。また今度」

セトはうんと小さくなってもオレのほうを見ていた。擽ったい気持ちでまた泣きそうだった。涙を止められなかったのは、アーマーガアが乱暴に飛んでいたせいだ。