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ダンデのリザードンが爆発音を立ててダイマックスから元の大きさに戻る。オレのジュラルドンはまだ立ってる。スタジアム中が沸いているのがわかるのに、心のうちはすごく静かだった。
ダンデがキャップを投げた。キャップを追いかけた目がライトで焼かれる感覚がする。ダンデと目が合った。
「キバナ、おめでとう!」
「オレさま……オレは」
「キミの勝ちだ。キミと戦えて楽しかった!」
ダンデの瞳がいつもより輝いているように見えて、オレはただ吼えた。勝ったんだ、オレが。オレがチャンピオンなんだ。
まだ続く歓声に背を向けて控え室に戻る。受け止めた事実と湧き出る感情にはまだ差があった。汗を拭いながらスマホを取り出したら、今までにない量の通知のせいでひっきりなしにピカピカと画面が光っていた。凄まじいスピードで流れる祝いのメッセージをぼんやり見ていると扉がノックされた。入ってきたのはリョウタだった。
「キバナさま、お客さまがいらしてます」
「おう、わかった!」
リョウタが誰のことを言ってるかなんてすぐにわかった。全部放り出して走る。取材は後回しにしてしまえ。
スタジアムの端の企画室でセトは待っていた。力加減もできず大きな音を立てて開けたドアに驚いた顔をした後、オレを見て嬉しそうに笑んだセトの瞳がどうしようもなく嬉しくて、蹲りそうになるのを何とか耐えた。何を言えばいいかなんてわからないけど、このことをセトに一番喜んで欲しかった。
「勝った、勝ったよ、キバナさまが、勝ったんだ」
「そうだね、おめでとう」
深く深く息を吸う。その間もセトはオレをずっと見つめていた。「……泣きそう」「泣いてもいいよ、我慢すんなって」それだけの事を成し遂げたんだからと笑うセトに、もっと泣きそうになるが、オレにはまだ言わなければいけないことがある。
「……オレと、恋人になってください」
「喜んで」
セトが大きく腕を広げる。ハグとかしたのいつ以来だっけ、やべ、泣きそう。まだ汗も流してないのにハグしてもいいのかな。砂嵐だって散々使ったのに。でもそんな逡巡は一瞬だった。二歩分の距離を、思い切り蹴り出す。
全力で飛び込んだらセトが倒れた。頭をぶつけていないか心配で見上げたら、穏やかな目でセトがオレを見ていた。そうだ、オレを見つめるときセトはいつもこの目をしていた。親愛を多量に込めた瞳に、ふと思いついた疑問を口に出す。
「もしもオレさまが一度も勝てなかったら、セトはオレのこと嫌いになった?」
「キバナが勝てないわけなくない? いつになってもずっと待ってたよ」
後頭部をぽんぽんと優しく撫でられて、いよいよ涙が出た。オレは今日、色んなものを手にしたんだ。
「───改めて、優勝おめでとうございます。これからの抱負をお聞かせください」
「そうですね、まずはチャンピオンという地位を守り抜きたいと思います。もちろん今持っている業務を疎かにしたくはないので、もっと努力します」
司会が次の質問者を指名する。
「悲願のトーナメント優勝を達成したわけですが、このことを伝えたい人は誰ですか?」
オレのことを頻繁に記事にしてくれている記者は、オレが何と答えると思っているんだろう。会見が始まって何度目かの深呼吸をして答える。
「一番に伝えたい人には、もう伝えました。すごく喜んでくれて……」
恋人とは言わなかった。どう推測されても構わないし、どうせいつかはパパラッチあたりにバレるだろうから。だからまだ、オレだけの秘密にしておこう。
「本当に、勝ててよかったです」
「あ゛ー……疲れた」
「一週間ぶりの休日おめでとう。毎日電話してたせいでそんなに久しぶりな感じもしないし、重いから頭退けて」
「いいじゃん……キバナさまを労えよ……」
「労ってるから意味わからん時間の電話にも出たんだろうが」
あれからニュース番組からバラエティまで網羅し、雑誌のインタビューを受けたり業務内容の変更のためにローズタワーに行ったりして、ようやく半日の休みが貰えた。仕事の移動時間なんかに掛けた電話を、セトは何時だろうと取ってくれた。眠れていないせいで少しの感動に泣きそうになってしまうオレを「テレビ出れなくなるよ」と何もかも見透かしたセトが笑って言うからなんとか耐えた。チャンピオンになると涙腺が緩くなってしまうらしい。多分オレだけだけど。でももう耐える必要なんてない。正真正銘オレたちは恋人で、セトはオレのものになった。セトの肩に乗せた頭をそのままに、左耳のピアスに触れるとセトがこちらを向いてオレの頬を掴んできた。
「あにふるんだよ」
「ちゃんと喋れてないのウケるね。そんなにおれのピアス好き?」
「ん、好き。だって……」
口ごもったオレの頬をむにむに触りながら、片眉を上げてセトが催促する。
「いや、やめとく」
「そんな言いづらい?」
「やましいことじゃない、んだけど」
セトは納得いったようないってないような微妙な顔をして、オレの頬を解放した。ちょっと熱くなった皮膚を擦りながら、セトの態度について不思議に思ったことを訊く。
「聞かないのか」
「まあ、これから時間は死ぬほどあるし。恥ずかしくなくなった時に教えてくれればいいかな」
痛いのが嫌でピアスをしなかったセトがオレの為に開けてくれたことが嬉しいのは当然のことなのに、それを口に出すのはこんなにも恥ずかしい。その後の反応もなんだよ、ずっとオレさまといるのかよ。自覚できるほどの顔の熱さに、セトの顔がふにゃりと歪んだ。友達でしかいられなかった期間が長すぎて、恋人になったセトの行動ひとつひとつに動揺が隠せない。
「そんな照れることあるかね」
「うるさい、ばか、バーカ!」
「語彙力無くなってるじゃん。こんなんで大丈夫か、これからずっとキバナに頼りっきりで生きていくつもりなんだけど」
セトのせいでこんな風になってるのに、本当に勝手なやつだ。しょうがないから、どこへだって連れてってやるよ。