/ / /
※夢主の死ネタif
こうなっては約束なんて、なんの意味もない。どうしてこうなってしまったんだろう。オレの何がいけなかったんだ。セトが何をしたっていうんだ。
セトは昨日、病気で亡くなった。特効薬のない流行病にかかって呆気なく死んだ。オレの送った「大丈夫か?」というメッセージに「死ぬほどだるい」って返ってきて、それきりだ。下手をすると生死に関わると聞いていたのに、まさかそんなことになるはずはないと思ってしまった。葬儀をするというセトの母親から連絡にわけが分からないまま返事をして、葬儀に出席して、賛美歌に混じる雨の音を聴きながら立ち尽くすことしか出来ないオレの横に誰かが立った。ダンデだった。オレの親しい人だからと休みを取ってくれたダンデが弱い力でオレの背を叩く。
「セトくんとは……幼馴染だったんだな」
「あぁ……ずっと一緒にいたよ」
セトの死が何もかもゼロにしてしまう気がして、今まで誰にも言わなかった二人の約束のことを初めてダンデに話した。大切な思い出なんだなと神妙な顔で頷いて、ダンデは瞳を閉じる。
「チャンピオンになった姿見せたかったなぁ。別にセトの為だけに目指してたわけじゃないけど……やりきれない」
「そうか……実は彼と一度話したことがある」
「……えっ、なんで? いつ?」
「ハロンタウンに帰ろうとしたんだが迷ってしまって、その時に助けてくれたんだ」
セトはナックルシティの出身だしハロンタウンへの行き方も知らないはずなのに、なんだか優しいセトらしいなと思った。一度瞼縁から滑り落ちた涙を止めるすべはない。どうせなら本人から聞きたかった。死人についての思い出話なんてなにも楽しくない。
「オレがキバナと同じピアスをしているんだなと指摘したら、自分はキバナのファンだと教えてくれた。オレと戦うキバナが一番楽しそうで好きだと……キバナは愛されているな」
とうとう嗚咽が止まらなくなってしまった。どうしてオレを置いていくんだ。まだ、約束も果たしていないのに。バカ、セトのバカ。ファンなんて、そんな関係性で終わらせたくなかったのに。
「もっと……オレがもっと強かったら良かったんだ」
「それは違う! キバナはジムリーダーとしても番人としても、もちろんトレーナーとしても一流だ」
「でも約束は果たしてない! オレ……オレは」
何も言えなかった。自分が何を言いたいのかもわからない。惨めさに口を噤んだオレに、ダンデも何も言わなかった。外では雨が降り続いている。
仕事に全く身が入らないオレを見かねたダンデがローズ委員長に進言してくれてできた休みを、何をするわけでもなくただ生きているだけで消費する。セトのことは好きだったけど、こんなにもダメになってしまうとは思っていなかった。ポケモン達がご飯を食べている姿をぼんやり眺めているとロトムが声を上げた。全部無視するつもりでぶっきらぼうに問いかければ意外な言葉が返ってきた。
「メッセージが届いているロト!」
「誰から」
「セトからロト!」
反射的にロトムを掴み取って、メッセージ画面を開く。そこにはひとつの動画が送信されていた。まだセトが生きてるのか?いやそれはありえない。確かにあの時オレはセトの死に顔を見た。ありえないことはわかっている。それでも期待することはやめられなかった。
激しくなる心臓の拍動に合わせて震える指でタップする。スマホいっぱいに拡大されたそこには、赤い顔で咳き込みながら話すセトがいた。
「セト……」
『あー、あー、っけほ……これ映ってるかな、キバナ〜見えてる? おれは今病院でーす……これは遺書代わりに撮るつもりだから、もしかしたらおれはもう死んでるのかも。わかんないけど、とりあえず話すね』
カサついた声で潤んだ瞳で、しかしいつも通りのセトだった。これから何を言うつもりなのか、怖くてしょうがないが停止ボタンは押せなかった。おそらくこれが一番最期のセトの声だから。
『なんかめちゃくちゃキツくて、あんまり飯も食えてないし、息も苦しいし、もう最悪。こんなのキバナに会えないとやってられないわ。会えないけどね。
ずっと暇だからさ、本当におれが死んだ時、キバナにどうして欲しいか考えたんだよ。もちろんおれたちはただの友達だから、頼みを聞いてくれても聞かなくてもどっちでもいい』
葬儀で枯れたと思っていた涙がまた流れ出す。ポケモン達が不安に鳴く声がするのに、大丈夫だと言ってやることもできない。セトにただの友達だと言われたことはそれぐらい悲しかった。それを見透かしたように、画面の中のセトが咳払いをした。『別に今のは突き放したとかそういうわけじゃないから、次の言葉をちゃんときいて』
『もしもキバナがこれからもおれを好きでいてくれるなら、おれをキバナの恋人にして欲しい。おれの気持ちが変わることは金輪際ないから、安心してくれていいよ。キバナと、結婚したい』
手からスマホが滑って、床に落ちる寸前でロトムがまたオレの前に浮き上がった。セトと目が合う。いつも見せない真剣な目をしていた。
『ずっとおれのことを好きでいてくれてありがとう。愛してるよキバナ』
辛そうに、でも柔らかく笑ったセトが嘘をついていないことは明白だった。
不安そうな顔をしたヌメルゴンがオレの頬を撫でて、涙と粘液が混ざる。ヌメルゴンの手を取って握りしめる。冷たくて、濡れていて、これは夢じゃない。
『これはおれが死んだ時、キバナに届くようにしてもらうから…………死んじゃってごめんね、最期にもう一回会いたかった』
バイバイ、といつも通りの軽い挨拶で締めくくったセトにもう一度会うためまた動画を開く。セトからオレに、愛してるという言葉が放たれたことが信じられなくて、この動画すべてが自分の妄想のような気がしてしまう。でもオレの意識はまごうことなく覚醒していて、履歴もきちんと残っている。
すぅ、と息を吸う。これからオレがやるべきことは。ずっと止まってはいられない。オレの為にも、セトのためにも。
日常が戻ってきた。オレがいない間もなんとか運営してくれていたジムトレーナー達とローズ委員長、それからダンデに礼を言って、オレは仕事を再開した。本調子には程遠いが、何も手につかなかったあの時程じゃない。
「キバナ、スッキリした顔をしているな」
「あぁ……まぁな。おかげさまで、なんとかやっていけそうだよ」
「そうか、それはよかったぜ」
多忙の中、オレを気遣ってくれたダンデには感謝しかない。今日だって、マントすら外せない忙しさだ。これを伝えたらにっこり笑ってダンデは気にするなと言った。さすがはチャンピオン、さすがはオレの倒すべきライバルだ。
「オレはもう仕事に戻るが、無理はするなよ」
「大丈夫だよ。なんてったって、キバナさまは最強のジムリーダーだからな」
「それならいい」
パサリとマントを翻して、ダンデはリザードンを繰り出した。迷わないよう乗って帰るらしい。目撃者の呟きでSNSが荒れそうだなとなんとなく眺めるオレに、ダンデが振り返って言った。
「素敵な指輪だな! 似合ってるぜ」
「……ありがとよ」
初めてつけた薬指の指輪を見せびらかすようにひらひらと手を振れば、ダンデは目を細めてリザードンと共に飛び立った。