プラトニックは融けない


※死体の表現があります




今日部下が一人死んだ。黒蜥蜴の十人隊長の一人だった。彼は凡そマフィアらしくない優しさや気遣いを持ち合わせていたため煙たがる人間もいたが、多くの人間に好かれていた。僕もその一人だった。ただそれに過ぎない。

小さな抗争だった。隊員を庇ったらしくその身には五発もの弾丸が埋まっていた。死体は等しく死体袋に入れられ、慰安室がわりの地下室で並べられている。誰も供に付けず、独りで暗い地下を歩きその部屋へ向かった。
番号を照らし合わせて久世の入っている袋を見つけ出す。破るように袋を開けると、固く目を閉じ、士気色の顔をした久世がいた。死後どれくらいか判らないが、今日の昼のことだからまだ彼は綺麗な顔のままだった。これから焼かれるまで、彼は此処で醜く腐っていく。
───許せるものか。

「お前は誰にでも優しかったな」

久世の横に膝を着き銃弾を受けたと言われた腹部を撫でる。服に染み込んだ血ももう乾き切っていた。固まった腕を袋から出す。手の甲には既に死斑が出ていた。死後硬直のせいで固い冷たい左手に自らの指を絡ませる。太宰さんへの執着とはまた違う欲を自覚したのはいつだったろうか。薬指には何も嵌っていないことを確認して、一度唇を落とす。やはり冷たい。

「この程度の抗争で命を落とすとは」

優しい彼にこの世界は似合わなかった。だから早死した。もっと陽の当たる所で生きればよかったのに。それができないから久世も自分もこんな暗い世界で生きているのだが。
そう云えば、何故久世が裏社会に身を置いているのか、僕は知らない。
何かの拍子に殺しに手を染め表に居られなくなったか、それとも自分と同じ孤児か、考えて、結論が出ないことを思い出して止めた。
彼がまだ生きていたら、聞けば答えてくれただろうか。交わした会話に思いを馳せる。そう、彼は天鵞絨を撫でるような柔らかな声だった。

「お前の部下が泣いていた」

「お前の後任は、お前が庇った奴になるだろう」

「銀も立原も悲しんでいた」

それから、それから。
幾らか口に出して、もう話すことが無いことに気づいた。偶に口を交わす時は沈黙なんて無かったのに。久世が物言わぬせいで、ここには静かな時間が漂う。ただ消費されるだけの時間が。絡めた指を解いた。
もう一度彼の顔を見る。目元には薄く笑い皺がある。栗毛色の髪。頬に小さな傷が少しあるだけでとても綺麗なものだった。明日になればここにも死斑が浮き出てくるだろう。髪より濃い色の瞳がどうしようもなく懐かしく感じる。つい三日前に会ったばかりなのに。
その時の記憶ももう薄れてきた。そうして僕の記憶から久世の声も匂いも顔も、全て消えていくのだ。いずれは世界からも消えて、久世を示すのは墓標だけとなる。

「勿体ないな」

口に出してから気づいた己の感情に、口が歪む。そう、勿体ない。ならばどうする?考えたとき、既に羅生門が視界の隅で蠢いていた。音もなく動き、また外套の一部に戻る。見なくとも、羅生門が何を喰らったかはよく判っていた。
死体に袋を掛け直して部屋を出る。これで久世は僕のもの。僕が死んでもずっと。それは正しく永遠だった。



火葬は直ぐに終わり、久世は横浜の海の近くの墓地に埋葬された。任務が終わって空いた時間に足を運ぶ。イニシャルが刻まれた墓標は小さく、そこそこの体躯だった彼がここに埋まってしまったのだとやけに死を実感した。もう死体も見た後なのに。

「こんなに小さくなってしまうなら、全て食べてしまえばよかった」

薬指だけでは腹も膨れない。満たせぬ欲だけを置いて彼は死んだのだ。





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