今度首輪もつけようかしら ※モブ女がかわいそう 芥川にはここ最近気に入らないことがある。それは傍から見れば些細な事ではあるかもしれないが、芥川にとっては看過することなどできない由々しき事態だ。 「亮さん!もし良ければこれから一緒にお食事とかどうですか?」 「ああ、悪い。今立て込んでるから、また後日でいいか?」 「っ、そうですか、じゃあまた誘います!」 「うん、よろしく」 亮を食事に誘った女は、亮の歩いていった方向をまだ見続けている。くだらない。全くもってくだらない。 芥川は太宰以外に全く興味がないと思われているが、女の熱っぽい視線の意味が判らない程世間知らずではない。舌打ちをひとつ漏らして芥川は亮を追いかけた。 「亮」 「あれ、龍之介。どうしたの」 「先刻の女は何だ」 「ああ、あの子? 普通に部下の子だよ……何、気になる?」 「笑止」 聞きたいことを聞き終えて芥川は執務室へ足を向けた。亮の脛を蹴ることも忘れずに。亮は足を押さえながら飲み込みきれなかった呻き声をあげていたが、芥川の知ったことではない。 「え、待ってよ龍之介。折角だし今からご飯食べ」 「死ね」 無慈悲に会話を切り上げて仕事へ戻った芥川に、亮の「なんでそんな機嫌悪いの?」という呟きは聞こえなかった。 恋人になることを了承した芥川に、お前が一番大切だと云ったあの言葉を忘れたか。女について尋ねた時の好奇の目にも苛立ってしょうがない。 亮は芥川が女に対して興味を持つのを喜ぶ節がある。どうやら亮には芥川がまだまだ子供に見えているらしい。子供だとしてもごめんだが。そう、芥川は亮に対してただならぬ思いがある。それを汲んでか否か、亮も特に芥川を甘やかしているが、その特別扱いにも芥川は苛立っていた。知らない癖に、自分をいつまでも子供だと思っているくせに!情を持っている人間が自分を誤解することに関して、芥川は人一倍敏感だった。亮をどうしてやるか芥川が考え始めたところで樋口が駆け寄って来た。 「芥川先輩ここにいらしたんですね。首領から任務の通達が……」 「用事が出来た。早く済ませる」 「えっ? わ、判りました! 直ぐに準備致します」 事情も判らぬまま、樋口は芥川の要望に応える為また走り出した。芥川は舌打ちを零して、意味もなく外套の襟を正した。 最後に男が悲鳴をあげて、辺りは静かになった。 「お疲れ様です。素晴らしいご活躍でした」 「後は任せる」 「畏まりました」 一礼して下がった部下を一瞥して芥川は私用の携帯電話を取り出した。電話帳の履歴の一番上には常に亮がいる。自分からは殆ど掛けたことのない番号を選択することに、芥川は妙な居心地悪さを感じた。 だが、これは明日の報復の為に必要なのだ。芥川の恋人でありながら、芥川に女を宛てがおうとする無神経な男への報復の為に。 『どうしたの? 珍しいね、そっちから掛けてくるなんて』 「明日の昼、予定はあるか」 『明日の昼……いや、何も無いけど、もしかして一緒にご飯食べてくれるの?』 「無理ならいい」 『ううん、一緒に食べたい。嬉しいな……初めてじゃない? こういうの』 「……そうかもな」 『ふふ。……今日の昼はごめんね、軽率だった』 気にしていないと云えば、ありがとうと甘い声のおやすみが返ってきた。どこかむず痒くて、芥川は返事をしないまま電話を切った。 恋人だからこそ亮のこういった面を見られるということを、芥川は最近になって理解してきた。誰に対しても柔らかな物腰で接しているように見せて、亮実は排他的だ。芥川の何が亮を惹きつけたのか本人に聞いたことはないが、先刻のような甘い声が続くのだと思うと、慣れていない芥川には聞いてみたいと思っても云い出すことは出来なかった。 芥川は車に乗り込み、自宅へと走らせた。 仕事をさっさと切り上げて向かった亮と待ち合わせた場所には、丁度良く昨日の女もいた。懲りずに亮を誘いに来たのだろうか、キョロキョロと誰かを探している。くるくると巻かれた髪も、キラキラと光る爪も普段ならば気にもとめないが亮に向けられたものだと思えば腹が立って仕方がなかった。五分後に亮は来た。芥川は手を振って歩いてくる。女には目もくれておらず、女は話し掛ける時節を失い、オドオドとしている。少し溜飲が下がった気もするが、まぁ、自分の物に手を出そうとした者に優しくする理由もないだろう。芥川はそう考えて、亮のタイに手を伸ばした。 「なあに、龍之介。え? ちょ、いたいいたい」 「黙れ。これは貴様の過失だ」 強い力で首を引かれて痛がる亮に、芥川は荒々しく口付けた。きょとりと目を丸くした亮に気を良くした続けて芥川は少し赤くなった頬に口を一度だけ付けて女のほうに目をやった。呆然とした顔には、もう腹立たしさなど微塵も感じなかった。 残念だったな。貴様にくれてやるものなど爪の先程も無い。 此奴はずっと前から、僕の物だ。 Top |