ずっといっしょ ※死ネタ 今日もまた、いつも通りの日常が流れている。 秀吉様はあちこちを奔走して、信長の野望のためあくせく働いておられる。おねね様も子飼いの御三方の喧嘩を仲裁したり、忍びとしての仕事にも励んでおられる。官兵衛様は今日も眉間に皺を寄せて次の戦に向けて策を考えていらっしゃる。 だが、おれはどうだろう。 一年前。戦のさなか仕えていた半兵衛様が病魔により亡くなった。半兵衛様の遺言によっておれは官兵衛様に仕えることとなったが、未だに半兵衛様が忘れられない。軍師であり、自ら羅針盤を用いて戦う半兵衛様はおれよりもたしかに強かった。それでも、半兵衛様を守るために鍛錬して、たくさん戦った。戦いのない日では、昼寝ばかりしている半兵衛様を探し回ったり、お茶を出したりした。半兵衛様が病にかかったと知って、腕のいい薬師を探し回り、戦に出ようとする半兵衛様を引き止めた。それでも半兵衛様を喰らう病魔には勝てず、半兵衛様は居なくなってしまった。 半兵衛様を亡くして暫くは眠れない日々が続いたが、それももうなくなった。今まで半兵衛様の世話をしていた時間がすっかり空白となってしまい、何をすればいいかわからなくなってしまったので鍛錬の時間を増やすことにした。以前ならば、半兵衛様にやり過ぎだと止められたが、半兵衛様が居られない今、それについて何を言われることもない。 官兵衛様も、言葉少なにおれを気遣ってくださるが、おれにも説明できないこの胸の内を、誰に話すこともできなかった。 しかし、それでも空いた時間は埋まらない。鍛錬ばかりするわけにもいかず、何をすればいいか、近くにいた三成様に質問してみることにした。 「なにか飼ってみれば良いのではないか」 「飼う、でございますか」 「盆栽でも、金魚でも、何か世話をすれば暇を持て余すことはあるまい」 無愛想だったが、しっかりと答えてくれた三成様はとても優しい。今日も清正様と正則様と言い合いになっていたが、仲良くして欲しいと思う。半兵衛様の願いとしては官兵衛様とも仲良くして欲しいらしいが、なかなか厳しいようだ。 それにしても、生き物の世話は良いのではないか。おれは元々世話好きだし、明日は何も予定が無いからなにか見繕ってみようか。 「こちらが竹中半兵衛の瓶詰めになります。詰めてから一年ほど経つので、そろそろ廃棄を考えていたんですよ。一緒に角砂糖が入っているので、湿気にご注意ください。」 民に聞き込むなかで、ひとりの男がおれのような人間を相手に商売をしていると自ら話しかけてきた。出で立ちは少々怪しかったが、丸腰の男にさして警戒する必要もあるまいとついて行った。街のはずれにある男の店には壁際に並べられた棚以外に何も無く、また棚にも物が置かれていなかった。男に適当に何か見せて欲しいと伝えると、ひとつの小さな瓶を差し出された。薄汚れているが、見たことがないほど美しく研磨された玻璃だった。歪みのないそれに入っていたのは、男の言う通り半兵衛様だった。瓶の中に入ってしまうほど小さくなっているが、服も戦装束のままだ。半兵衛様は瓶の中で蹲りながら小さく震えていておれが見えていないようだった。しかし一瞬だけ見えた顔はたしかに半兵衛様だった。 上手く力が入らないおれの手の中でからりと角砂糖が揺れる。男が餌がどうだの、開けるとどうなるだの話し続けているが耳に入らない。 「はんべえさま」 おれの声は掠れていて、半兵衛様には届かない。 それからのことはよく覚えておらず、気がつけば自室にいた。夢のようだとも思えたが、握りしめた瓶が現実であることを示していた。 そっと畳の上に置いて、半兵衛様の様子を伺う。変わらぬ体勢のまま何も言わない半兵衛様に、今更揺らしていないか心配になり慌てて謝った。 「も、申し訳ありません半兵衛様。大丈夫ですか」 すると、おれの声が届いたのか半兵衛様が顔をあげておれと目を合わせてくださった。きょとんとした顔も、やさしく笑いかけるその顔も生きておられた頃のままでおれは思わず瓶を持ちあげ、顔に近づけてじっと見つめた。 そんなおれに呆れたように笑いかけ、こんこんと人差し指の背で瓶を叩き、何かを言った。しかし、分厚い玻璃に阻まれて聞こえない。 「……」 「……? もう一度お願いします」 今度はゆっくりと口が動く。そして読み取れたのは、 「(あ け て)」 ずっと仕えてきた半兵衛様のお願い。栓を抜くだけだ。今まで申し付けられた命令よりもずっと簡単にできることだ。そして半兵衛様はおれの生きがいで何よりも大切な人。でも、守れなかった。 そんな半兵衛様のお願い。 でも、 「ごめんなさい、半兵衛様。それはできない」 もし開けてしまったら、あなたがいなくなってしまう気がしたんです。 半兵衛様は悲しそうに目を伏せた。 朝餉の後鍛錬をしていると、秀吉様に声をかけられた。 「竜次。最近明るくなったようじゃな」 「……近頃よく言われるのですが、そんなに浮ついていますか?」 「いやいや、半兵衛がおらんくなってからずっと沈んどったからな。お前が明るくなってみんな嬉しいんじゃろ。よかったよかった」 「ああ、そういうことでしたか。お気遣い感謝します。実は最近生き物を飼い始めたんですよ」 「ん? 猫かなんかか?」 「いえ、もっと小さくて、かわいくて、素敵なものです」 首を傾げる秀吉様には申し訳ないが、教えることはできない。 一礼して自室へと戻ると、瓶の中の半兵衛様は昼寝をしていた。薄汚れた瓶も、磨けば宝石のように光を反射させた。半兵衛様は襖を閉める音でおれに気づいたようで、ひらひらと手を振っている。 とてとてと小さな足でおれに近寄る半兵衛様が愛おしい。少し角が崩れた角砂糖も気にならない。半兵衛様は、今、おれのもの。 「半兵衛様、おれ明るくなったんですって。半兵衛様のおかげだ」 瓶越しに半兵衛様を撫でる。半兵衛様はまだ悲しそうに笑うけれど、瓶を開けることはできない。 ずっと大切にするから、次こそは絶対に守るから、誰にも見つからないようにおれの手の中に隠しておくのだ。 #あの子の瓶詰め https://shindanmaker.com/629382 Top |