気づいてなんて言えない


おれの主である官兵衛様が有岡城に閉じ込められて一年が経とうとしている今日、遂に救出するための準備が整った。本丸だけとなった有岡城に、最早開城する以外の手立ては無い。
一年だ。ここまで来るのに一年もかかった。自らの無力さに噛み締めた奥歯が嫌な音を立てたが、漸くその思いも報われる。一年も官兵衛様の時間を無駄にしたのだ。それ相応の報復をしなければ。知らずのうちに刀に伸びていた手に力が入る。
喧騒から離れ陣の裏で精神集中をしていたおれのもとに、軍議が終わったらしい半兵衛様が訪ねてきた。少し疲れた様子だが、いつもの人好きのする笑みを浮かべている。

「官兵衛殿はおそらく城内の牢にいるよ」
「承知致しました。必ず助け出してみせます」
「頼んだよ。官兵衛殿がいないと俺も張り合いがないからさ」

微笑む半兵衛様におれも笑い返す。きっとおれが緊張しているのを見越して逢いに来てくれたのだろう。半兵衛様には頭が上がらない。

「官兵衛殿も君を待ってるよ」
「……そう、だと良いですね」

いつだったか、半兵衛様におれの官兵衛様に対する思いを知っていると言われた。いつの間にバレたのかはわからないが、隠し事が得意な性分ではないから、探るまでもなかったろう。
内緒にしてくださいねと言ったら、勿論と返された。この思いは墓まで持っていかねばならないから、その言葉が本当であることを信じよう。



城内には敵が殆ど居なかった。人の少ない道を選んだが、ここまでとは。籠城ももう一年経つのだから当然か。迷いながら土牢を探し、ようやく見つけ出した。あまりにも小さな牢だった。体躯の大きな方だから、きっと狭いだろう。嫌なにおいもする。早くお助けしなければ。
牢の格子を刀で切り、中へ声をかけたら小さく返事が返ってきた。奥の方にいた官兵衛様は記憶の中よりずっと顔色が悪くて痩せておられた。暗い牢の中ではその表情はわからなかったが、官兵衛様はおれを見ても何も言ってはくださらなかった。

「すぐにここから出ましょう。大丈夫です、もう時期この城も落ちる」
「……そうか」
「こちらまで来れますか?」
「歩けない」
「承知しました。触れることをお許しください」

担当で鎖を断ち切り、引っ張り出すように官兵衛様を牢の外に連れる。官兵衛様は陽の光に眩しそうに目を細めていて、その体が随分軽くて自分の不甲斐なさに腹が立った。ろくに食べ物も食べられなかったのだろう。陣にある食糧を持ってくればよかった。
他に痛む場所がないか聞き、陣へ戻るために背負おうとした時、ふと何か違和感に気づいた。それは整えられていない髪型でも、土に汚れた頬でもない。
官兵衛様が目を合わせてくださらないのだ。いつもならおれの目を見て指示を下さるのに、さっきからずっと左側を向いている。質問の答えも簡潔すぎた。

「……失礼します」
「!やめ、」

覗き込むと官兵衛様の額から左目に、火傷で爛れたような瘡痕があった。酷い、と思わず口から漏れた。官兵衛様は隠すように痕に手を当て、おれに言った。

「……見るな」
「何故です」
「見られたくない」
「ですが、」
「構うな」

切り捨てるように言った官兵衛様をそれでも見つめ続けると、官兵衛様は痕から手を退け、おれを真っ直ぐに見つめた。一年前と変わらない緑色の瞳がおれを捕らえる。瘡に侵されても、頬が痩けても官兵衛様はそのままなのだ。官兵衛様が少し迷ったように口を開いた。

「醜いか。そういえば卿は私に懸想していたな。さぞ気を落としたことだろう」
「…………知っていたんですか」
「卿は顔に出やすいのを自覚したほうがいい」

恥ずかしさで顔から火が出るぐらい熱い。気を落とすなんてそんなわけなくて、強いて言うなら主君である貴方の顔に痕を残してしまう自分に対してである。官兵衛様がきっと真っ赤になっているであろうおれの顔を見る。その頬が少し緩んだ気がした。
城の方から勝鬨が聞こえた。少し話し過ぎてしまったようだ。早く官兵衛様を陣へお連れしなければ。官兵衛様を背負い、陣へと歩きながら今までのこと話す。官兵衛様がいない一年のことや半兵衛様のこと、そしておれの思いについても。伝える気はなく、ただ仕えることができていたらそれで良かった。気持ち悪いと思うなら、おれを切ってくれてもいいと。首に回る手は仄かに温かった。
官兵衛様はずっと黙っていたが、おれが話終わると、溜息をひとつ零した。

「もう懸想など止めたらいい。非合理的だ」
「官兵衛様が嫌なら、やめます」
「……そうか」

首に回る手に力が入った。落ちそうになったのだろうか。背負い直してもまだ力強いままだった。

「でも、もし許されるなら、今のままでいたいです」
「……下らない世迷言だ」

相変わらず厳しい言葉に苦笑する。まだ世帯は持っておられないが、黒田家の当主である官兵衛様はいつか子を成さねばならない。そうしたらその"いつか"が永遠にこない事を願う浅ましい思いも断ち切れるのだろうか。




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