ぼくの手を取ってくれませんか


二十年余りを生きてきて、おれは今、一番の危機に瀕している。初陣よりも、死にかけたあの戦よりも、だ。
鍛錬終わりにおねね様に声を掛けられて、言われた内容が全く飲み込めず失礼だとわかっていながらつい聞き返してしまった。

「今、なんと、おっしゃいましたか?」
「うちの三成がね、あなたのこと好きらしいんだよ」

本人に言われたわけじゃないけどきっと合っているよ、と笑うそのお姿は美しくつい見とれてしまったが、今はそんな状況ではない。
三成殿がおれを好きと言われても、何にも納得できない。だって、あの三成殿だ。人と群れず、頭が良くて、よく周りと小競り合いをする三成殿だぞ。そもそも、あの人は人を好きになれるのか?これは失礼か。

「いや、しかし、それがしはそのような人間では決してなく……きっとおねね様の勘違いでしょう」
「そんなことないと思うけどねぇ…………もしも三成があなたに思いを伝えることがあったら、その時は、ちゃんと正直な気持ちで返してあげて欲しいな」

過保護な気がしないでもないが、おねね様にお子はいないし、きっと母親とはそんなものなのだろう。おれの母上は幼い頃に死んでしまったからあまり覚えていない。
締まりのない返事をして、おねね様が天井裏に消えてから一礼をして歩き出す。今日は鍛錬の為だけに城に来たので特に仕事があるわけではなく、ただ暇を持て余す。
屋敷に戻ろうかと考えているところ、廊下の先に加藤殿の姿が見えた。清正殿といえば武も知も兼ね備えた素晴らしい武将だ。時間があるなら是非話がしたいな。声をかければ、おれより少し背の高い清正殿が振り向いた。

「竜次殿。どうしたんです?」
「清正殿のお話をよく伺うもので、何かお話できればいいなと思いまして。私達、余り同じ場所にいることはないでしょう?」
「たしかに、そうですね。有難いお言葉です。俺も竜次殿と話したいと思っていたんですよ」
「ありがとう。では茶屋にでも……」
「それには及びません」

丁寧な物腰に感心しながら、早速話すために場所を移そうとしたら、低い声に遮られた。声のする方を見れば、明らかに機嫌の悪い三成殿がいて、清正殿を睨んでいる。
そして視線をおれにずらし、真顔でおれを見つめて言った。

「竜次殿、お話したいことがあります。どうぞ私の茶室へ」
「そ、そうか、いやでも、」
「おい三成、勝手なことを言うなよ」
「清正は黙っていろ。お前は関係ない」

どんどん雰囲気が悪くなる二人の間に割って入り、距離を取らせる。幼い頃から一緒だと聞いていたのだが、いくら合わないとは言えこんなに仲が悪くなるものだろうか。
一番波の立たない選択はどれかと考える。三成殿をこれ以上怒らせる訳にはいかないし、最善は三成殿と茶を飲むことだな。

「じゃあ今日は三成殿の話を聞きたいな。すまない清正殿」
「俺はいいですが……三成、竜次殿に迷惑をかけるなよ」
「余計な世話なのだよ」

くるりと踵を返し階上へ歩き出した三成殿を追う。清正殿には本当に申し訳ない。今度何か持っていこうか。好きなものとか、三成殿は知らないかな。聞こうか迷ったが、怒りだしそうだし、今何を言っても無視されそうな気がしたので黙っていた。しかしこの無言の圧力はどうしても辛くてあれこれ話しかけてみたが、全部やり取りするまでも無く終わってしまった。
何故こんなに冷たいのにわざわざ会話に入って来たんだ、と考えて、先のおねね様のことばを思い出した。
完全に間に受けたわけではないが、もしこれが、おれを好きだからこその行動だとしたら、三成殿って、大分めんどくさいな。失礼だおれの馬鹿。
ふと茶を最後に飲んだ時のことを思い出すと、自分が何も持っていないことに気づいた。

「あ、茶を頂くならば……申し訳ない、それがし何も持っておらなんだ」
「いえ、作法など気にしないで下さい。ただあなたと茶が飲みたいだけですから」
「そうですか……ありがとうございます」
「……いえ」

口数は少ないが、歓迎されているようだ。誘われて歓迎されないのも変な話だが。
緊張から深い呼吸を二回したところで、前を歩いていた三成殿が歩みを止めた。初めて来る場所だ。中は豪華ではないが繊細な美しさがあり、三成殿らしさが感じられる。茶道具だって一級品で、妥協を許さないその姿勢は好ましい。
「何も形式ばったものではありませんので」そう言って茶を点てる三成殿の手を見つめる。素早く無駄のない動きは戦場で指揮を執る姿にも通じるものがある。茶の味はおれにはよくわからないだろうが、こんなに丁寧に点ててくれるならきっと美味いんだろう。
白い手がおれに器を差し出す。

「…………どうぞ」
「有難う御座います…………美味しいですね」
「そうですか。良かったです」

ふわりと微笑んだその顔はやはり美しかった。
そして確信する。こんな美丈夫がおれに恋などするわけがない。この間、戦で御一緒した雑賀殿に朴念仁と言われて否定できないような男だ。
三成殿には、家柄も器量も良く物静かな女子が似合う。おれが決めることではないけれど、優秀な方なのだから、男同士で終わらせるわけには。
考え込んでいたら茶の味もしなくなってきた。
仕舞いには飲み終わったらどうすればいいのか分からなくなり、三成殿をちらりと窺えばずっと見つめられていたことに気づいた。

「それがしの顔に何か……?」
「いえ、そういう訳では…………探るようで申し訳ないのですが、おねね様から何か言われませんでしたか」
「えっ、いや……その…………よくご存知ですね」

誤魔化すこともできずに(誤魔化すべきかもわからないが)頷いたおれに、三成殿は深い溜息をついた。

「まぁ大方私が竜次殿に懸想しているとかそういうことでしょうが、あまり気にしないで下さい」
「…………その、おねね様が仰ったことは、本当なのでしょうか?」

聞くべきではないと分かっていたが、もしおねね様が真実を言っているならば、おれは止めねばならない。おれなんかでは釣り合わない。今はそう変わらない地位でも、三成殿はみるみる出世して、すぐにでも縁談が持ち込まれる。
おれに使う時間なんて無駄なのだ。

「……そうだとしたらどうするのです。貴方が衆道に興味のないことなど知っております」
「それがしのことなどどうでも良い。あなたが辛いでしょう。あなたは実力も立場もあるから」
「それこそどうでも良いことです!!」

突然の大声におれが怯む間に三成殿は続ける。

「覚えていないでしょうが、先の戦のことです。俺は確かに貴方に命を救われました。それから貴方を見るようになって……それだけで恋をするのは愚かですか」

その剣幕に何も言えないおれの手を取って三成殿が微笑む。たこができて固まった手を、おれのものより白くて細い手が取る。そんな顔見たことないから、どんどん顔が熱くなる。

「この手を愛おしく思ってしまうのはばかでしょうか……」
「う、いや、……そのようなことは決して……」
「誰にも何も言わせません。無理強いもしません」

だからどうか、好きでいさせてください。
もう何にも言えず、おれは頷くしかなかった。顔の熱がちっとも引かない。こんなに照れてしまうなんて、かっこ悪いにも程があるだろ。

「そして俺は、勝算のない戦はしません」
「……それは……どういうことでしょう?」
「いつかあなたが俺のものになるということですよ」

戦の時と同じ自信たっぷりな目の中に、三成殿の思い通りになっている自分が簡単に見つけられてしまって目を閉じた。おれ単純すぎないか。でも、それは悪いことじゃないこともわかっていた。




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