寂しい夜は永遠


※死ネタ


半兵衛さまは、昨日から何も仰ってくれない。それもそうだ。もう長くないと薬師に言われてから、一ヶ月が経ったのだから。おれが半兵衛さまに出会ってから三年だ。もう潮時なんだろう。そのきれいな顔を拭って、何も出来ない自分が嫌になった。

何の因果か戦国時代にタイムスリップして、しかもあの竹中半兵衛に拾ってもらえるなんて、奇跡が重なりすぎてまるで安い脚本のようだ。歴史を変えるのが怖くて何も言えないおれを責めず、傍に置いてくれた。半兵衛さまと仲がいいらしい黒田官兵衛はおそろしかったけれど、半兵衛さまがいるから大丈夫だった。今はおれの小物っぷりに警戒しなくなったようで、安心やら悲しいやらである。

静かな夜の中、小さな呼吸だけが聴こえる部屋が辛くてひたすら一人で喋った。周りの人達は戦で出払って帰ってこない。天気のこと、朝餉のこと、最近の出来事、と全て言い尽くして、何か話題はと考えて、未来のことを話すことにした。ここに来て初めて話す事柄だからか、少し声が震えた。それでも、半兵衛さまが安らげるのなら。おれの時代は皆が笑って寝て暮らせる世ではないけれど。

「未来はですねぇ、薬も医者もすごいんですよ。おれは役立たずですけど、おれの知り合いの医者なら、半兵衛さまの病気もあっという間に治っちゃうんですから。だから、もしも生まれ変わって、未来で会えたら、一緒に遊びましょうね」

あぁ、涙が出そうだ。今気づいたんだけど、もしかしておれ半兵衛さまに恋してたのかな。帰りたいと何度も願ったくせに、半兵衛さまと離れたくない。

「今日はよく喋るね……」
「ッ半兵衛さま! お身体はどうですか」
「重い……それに眠いや」

目を覚ましたものの力のない声と弱った姿が辛くて、痩せ細ったその手を取った。摩ってもさすってもほとんど熱がない。もうすぐだ。もうすぐ死が半兵衛さまを迎えに来る。
竹中半兵衛が労咳で死ぬことは知っていた。血を吐く姿も二度見た。歴史好きを名乗るのに、それを知らないわけが無い。まさか羅針盤で戦うとは思っていなかったけれど、大概の戦はおれの知識通りに進んだ。毛利へ進軍すると聞いて、あぁとうとうこの日が来た。どうにか半兵衛様に休んで貰えないかと思ったのだが、あなたはもう死にますよ、なんて言えるわけがなくてそのままこの日まで来てしまった。
半兵衛様は体を起こしておれの目を見た。そのまま寝ていて、とは言えずに見つめ返した。

「竜次はさ、きつくなかった?」
「なにがですか?」
「ここでの暮らし。平和で戦がないところから来たんでしょ、俺にはちっとも想像がつかないけど。人は死ぬし、何かと不便だと思ってさ」
「そうですね……しんどいこともありましたけど、半兵衛様がいてくれたから、なんとかなりました」

おれの答えを聞いた半兵衛様はクスクス笑いだした。何か変なことを言ったのか不安になったのと、そんなに呼吸を乱しては体に障ると心配になったので頭がごちゃごちゃになりながらその背に手を置くしかなかった。

「竜次って、俺のこと大好きだよね。官兵衛殿にも負けてないよ」
「そうですかね、官兵衛様、素直じゃないだけでめちゃくちゃ半兵衛様が好きですよ」
「やっぱりそう思う? 俺ってば愛されてるなー」
「本当ですよ。だから、もっと生きてもらわないと」

最後の部分を言うには時間がかかった。誰より生きたいと願っているのは半兵衛様のはずだから、おれがそれを言うのは身勝手だとわかっていたから。でも、生きてくれとどうしても伝えたかった。
死ぬことが美徳なんて、それは違う。四百年の壁があるおれたちの価値観が同じわけがないけど、三十六で死ぬなんて早すぎる。武士として死にたいって、そんなプライド捨てればいいのに。

「そうだね。できたらいいね」

まるで他人事のように、半兵衛様はさらりと言った。これ以上生きられるとこれっぽっちも思っていない口振りだ。実際そうなのだろう。
なんとかその命を一日でも延ばせないか、おれは必死に考えた。この時代で、自分の保身のため以外にここまで脳を使ったのは初めてだった。

「じゃあ、半兵衛様。約束してください」
「なぁに」
「明日おれと遊びましょうよ。秀吉様に言えば、なんか面白いことしてくれますよ、きっと」
「お、いいねぇ。官兵衛殿に踊ってもらっちゃおうかな」
「おれ絶対笑っちゃうなぁそんな面白いの見たら……」

楽しい未来の話はとても弾んだ。半兵衛様はもしかしたら無理してたかも。でもそんな気遣いもできないくらい焦ってしまっていた。沈黙が怖かった。二人で大笑いしたけど、どうせ死からは逃れられないと知っていた。半兵衛様がそうだ、と会話を切った。

「竜次にひとつお願いがあるんだ」
「えぇ、おれ踊れませんよ」
「それも面白そうだけど、違う」
「じゃあ、なんですか」
「忘れないで、おれのこと」

息が止まった。この人は、おれが忘れるとでも思っているのか。そんなわけない。忘れられるはずない。忘れて、もとに帰れたら、きっと幸せなんだろうけど。

「忘れないですよ。来世でも覚えててやりますからね」
「はは、それなら、安心だね」
「半兵衛様もちょっとぐらいは覚えててください」
「忘れないよ。おれも竜次のこと好きだからね」

意味は違うんだろうけど、その言葉は、今までのどれよりも嬉しかった。ありがとうございますと泣きそうになりながら言った。半兵衛様もにっこり笑って、またゆっくりと体を倒した。

「もうお休みになられますか」
「うん……話してくれてありがとう。実はちょっと怖かったんだ」
「半兵衛様なら大丈夫ですよ。ゆっくり休んでください」
「うん。お休み」
「おやすみなさい」

目を閉じた半兵衛様はすぐに眠った。まだ呼吸は安定している。本当に明日も生きてくれているかも。だんだんと小さくなる息の音に、それでも希望を持たずにはいられなかった。

半兵衛様は朝が来る前に息を引き取った。葬儀は近くの人間だけで行われるだろう。




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