仕舞い込んだ藍に触れた


結局週に一回横浜に来るということで話は落ち着いた。おれは兎も角、左馬刻はそんなに暇じゃないと思うんだが、こんなに頻繁に予定を入れて良いのだろうか。かといって横浜に住むと同棲ヒモコースなので左馬刻に甘えさせていただく。

そうしてここに来るようになってもう何回目か。広いのに物がないほとんどないこの部屋はいつまで経っても慣れない。おれの部屋には今後近づけないでおこう。燃やされるかも知れん。
トン、と指を机に打ちつければ灰が落ちる。これも左馬刻に貰ったものである。海外の良いやつだ。仕事終わりのこいつは何よりも美味い。高いんだろうなと思う。実際ネットで検索したら高かったし。ヤクザは稼ぎが良いのか、ラップバトルの報酬か。そのどちらもか。
ヒモのようだが、受け取れないと言った時の左馬刻の少し悲しそうな顔に全て受け取ってしまった。すぐに戻っていたから演技だったんだろうが、気の強い左馬刻があんな顔をするなんてずるいと思う。
あとワンカートンも残っているから湿気らないよう気をつけなければ。こいつがおれの部屋の汚さを助長させている疑惑もある。

荒々しくドアが開いた。次いで白い頭が見え、左馬刻が入ってきた。その長い足は一直線におれの座るソファに向かい、どかりと腰を下ろした。ソファも高級品だが、これではすぐに壊れてしまう。疲れているのか、喉をさらけ出して上を向いている。

「おかえり」
「おう。待たせて悪ぃな」
「全然いいよ。あ、煙草くさくないか?窓は開けたんだが」
「構わねぇよ。俺も吸う」

ただいまって返してくれないところが左馬刻らしい。足を組みながら取り出したのはおれのと同じ銘柄の煙草だ。火をつけてやると左馬刻は煙を一気に吸い込んで、たちまち半分ぐらいを灰にしてしまった。あぁ、勿体ない。てか肺活量すごいな。下で灰皿を構えといてやれば、器用に口だけで灰を落とす。
こういう所は素直に好ましいと思う。見ていて清々しいし、左馬刻らしい。
だが、おれにそれができるか?おれは、左馬刻にとって好ましいか?

「何変な顔してんだ」
「…いや、なんでもないよ」

あんだけされたら好きだと思われていることはわかる。でも、あれは純粋な好意というより、ただの執着なんではないかと最近思い始めた。
何となくしか知らない左馬刻の過去だが、おれはあの時何も言わずに関わらなくなってしまった。それに対して、寂しいという感情を拗らせてしまったのではないか。
だってそうだ。左馬刻は色んな人と出会ってきた。左馬刻ほどの美形なら女が寄ってくることもあるだろう。美人で、性格も良くて、左馬刻も気に入るような。
性別の枠に囚われなければもっと増える。ラップが上手い人間も仕事ができる人間も喧嘩が強い人間も、今、仲間として共にいる。左馬刻ひとりでも十分に強いのだから、おれがいなくても、そう、おれを選ぶ理由はどこにもない。きっと勘違いしているのだ。
好きという言葉が、こうも信用できないのは、したくないのはなぜなのか。
ここでハマってしまったら抜け出せないのがわかるから?
もう一本煙草を出して吸う。思いっきり吸い込んだら噎せてしまった。左馬刻がおれを見て吹き出す。

「ガキみたいな吸い方してんなよ。慣れてねぇんだから」
「うん…左馬刻の真似してみようと思ったけどきつかった…」
「は、昔とすっかり逆だな」
「昔?」

気恥ずかしさにもにょもにょ喋れば、左馬刻が小さく笑った。昔、と言われてもピンと来ないのだが、何かあったっけ。

「昔は俺がお前の真似ばっかしてたんだよ。お前はかなりの悪ガキだったからな。イタズラも喧嘩もお前に教えられたんだぜ」
「えぇ…おれそんなんだったんだ…なんも覚えてないわ…」
「耄碌するには早ェぜ。やっと会えたんだ」

この部屋にいる時、左馬刻は少し素直だ。他での左馬刻の姿はよく知らないけど。
ぐり、と頭を押し付けられて知らない香水の匂いが煙草の煙と混ざる。大人の匂いだ。おれからもその匂いがするようになった。
ようやくわかった。憧れと執着が、こいつをおれに縛り付けている。昔のおれなんて、今のおれよりかはおもしろいだろうけど、それでもただの子供だった。それに左馬刻はその後すぐに辛いことがあったから、"辛くない"記憶が美化されてしまうのも仕方ないかもしれない。
煙草がほとんど灰になったのにも気づかずに考え込んでしまっていた。指先の熱さを灰皿に押し付けたところで、その手を左馬刻に取られた。
逞しい腕を辿って左馬刻の顔を見れば、顰めっ面と目が合った。この赤い目はいつも強い意志でおれを殴ってくる。
あの時もそうだった。おれの弱さをまっすぐ真紅に映してくる。それが居心地悪くて、羨ましい。

「何考え込んでんだよ、言いたいことがあるならはっきり言え」
「…あのさ」

一呼吸置いて、言えた言葉は小さくて、左馬刻の眉間を増やしてしまった。

「…お前、ほんとにおれのこと好きかな」
「……詳しく言えや」

いや、別に、確信持って言えるわけじゃないんだけど、なんつーか…その……。
我慢できなかった左馬刻が拳でテーブルを叩いた。灰皿がガタンと音を立てる。
ぐちゃぐちゃに絡まった思考を、一つひとつ話すには、おれの口と心臓は意気地無しだ。だからずっと俯いて、煙草を吸いながら考えたことを吐き出した。顔を見ることはできなかった。

「……こんな感じ、です」
「テメェは…あぁ、いい。こっち向け」

ぐいと顎を掴まれ、もう一度赤い目と強制的に視線が交わる。怒ってる、とすぐにわかった。その理由も十分わかる。

「俺はなまえが好きだ。それじゃいけねぇのか」
「いやだって、おれなんかには左馬刻は勿体ないよ、折角仕事もプライベートも上手く行ってるのにおれが足を引っ張る訳には…」
「そのうぜぇ話はこの間終わらせただろうが!」
「終わってないよ。おれはずっと考えてた!」

顎を掴んだ手を離させて、自分の意思で左馬刻のほうを向いた。

「おれは左馬刻の為に言ってる!おれは荷物にしかなれない」
「テメェごとき荷物にならねぇわ!俺がいいって言ってんだろうが!俺がどんな思いで…」

そこで左馬刻は言い淀んで、歯を食いしばった。いよいよ愛想を尽かしたか。それでいい。おれで足を止めるより、そっちのほうがずっといい。
きっと、もっと素敵な人と出会って、この思いが勘違いだったって気づくから。

「なまえは…俺が嫌いか」
「そんなわけないだろ、左馬刻の為に言ってる」
「あの時、俺のモンになったんじゃねぇのか」
「…そうだな。おれはとっくに絆されてる」
「ここで俺がお前を要らねぇって、言ったらどうする」

どうする。左馬刻をおれから離すことしか考えていなかった。左馬刻といられなくなったら、また前のように社会の歯車として生きて、たまに遊んで、あぁでも、

「多分、ずっと一人でいるよ」

今左馬刻がいる心の穴を誰かで埋めようとは思えなかった。少し前は早く結婚しないとな、なんて思っていたのに、最近タイプの女の子を街で見ても何とも感じなくなった。

「なのに、俺から離れるのか」
「左馬刻が好きだからね。おれがいて不都合があるなら、一人のほうがましだよ」

自分で言って、女々しさに吐き気がした。これは愛情と言うより、後から捨てられるのが怖いだけなんだろうな、と思う。だったら自分から離れておこうという自己防衛。やっぱり女々しい。
左馬刻は何も言わなくなった。引いたか、おれを説得するような言葉を考えているか。困らせるのは申し訳ないが、少しだけ嬉しい。
不意に自分からキスをしてみる。試す意味もあったのは言わない。受け入れられたらいいなと思っていたが、意外にもすんなり唇は触れて、舌でつついたら簡単に開いた。
暫く舌を絡めていたら左馬刻がおれの上に乗り上げてきた。口が離れて名残惜しそうに銀糸が二人を繋ぐ。それが切れないまま左馬刻は言った。

「…執着も勘違いも、完全に否定はできねぇ。だが、おれはお前を離す気はねェ…ついてこい。一生だ」
「…ありがとう。おれも一緒にいたいよ」

ここまで言わせてしまうなんて、恋人として不甲斐ない限りだ。ちゃんと返さなければ。
ようやく心根に絡まっていた蟠りが解けて消えていった。本当にかっこいい男だな。負けないようにしないと。

「おれはこんなんだけど、ちゃんとお前のことが好きだからな」

左馬刻が当たり前だろ、って不敵に笑う。
もう一度キスをすれば、同じ煙草の味がした。その苦味すらも愛おしいのだ。





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