これからの人生を君へ


ホウエン地方からガラルヘ。長い船旅が終わり、ようやく地面に足を着くことができた。ここから更にアーマーガアタクシーに乗らなけれはならないが。だが、こっちの空飛ぶタクシーとやらはとても速いらしいし、ホウエンじゃ誰もできない体験に少しワクワクする。もうそんな歳じゃないのに。
マップ通りに歩いていくととんでもなくでかい鳥ポケモンが小さな部屋を脚に持っていた。
料金とポケモンへのチップ代わりのきのみを置いて、降り立ったのは街中から水蒸気の煙が立つエンジンシティ。ここのジムリーダーとして活躍するアイツに会いに来た。
カブがガラルヘ旅立ってもう30年近く経つ。なぜ今なのか。簡単だ。おれにそんな度胸がなかったから。

昔おれたちは恋人だった。そんな時、カブにガラルのポケモンリーグから招待が届いた。ポケモンバトルを極めようとするカブだったが、おれに気を使ってか一度その招待を蹴ろうとした。しかしそれは勿体ないと受けさせたのだ。おれは仕事と家の事でついて行くことはできないが、遠距離でも恋人であることに変わりはないし。
だがカブは、ガラルへ行く寸前、おれに別れを告げた。情けなく縋ったが、それでもカブの返答は変わらぬままで、おれは上手い言葉を見つけられぬまま、ぐしゃぐしゃの顔では見送ることもできなかった。
「ぼくはもう戻らないかもしれないから」
それでもいい、おれが会いに行くから。
少し寂しそうに笑って、でも止まってはくれなかった。
結局カブを忘れることができなくて、ここまで来てしまったのだからおれは相当な馬鹿だ。気持ちが悪いともいう。

マップを手に、急ぐ足を押さえ込んで歩く。つられた心臓も早く拍動し出して、今まで考えないようにしていたことがボロボロ頭に落ちていく。
もう会いたくなかったとか、お前のことなんか忘れてたとか、実は結婚したんだ、とか。
ないとは言えない。おれだってホウエンで恋人を作ってみたりした。長続きすることは無かったが。
ジムに着いたとき、ちょうどジムから出てきた男───カブと目が合った。カブの目が見開かれる。シワも増え、髪も少し白くなっていて、体も一段と逞しくなっている。でも、カブのままだ。
動揺を隠すようにゆっくり歩いて近づく。カブは驚きすぎて声も出ないようで、口が小さく動いただけだった。
できるだけ普通に、暗くならないように声を出した。

「よう、元気にしてた?」
「……どうして、ここに……」
「仕事がやっと軌道に乗ったもんで。会いに来てみたんだ」

嬉しくなかったか?なんて茶化して聞いたが、もしも肯定されたらと思っているのが隠せていない。だってこんなに声が震えてる。

「そんなわけないよ。ただ……本当にびっくりして」
「まぁ中々の遠さだからな。骨は折れたが、お前に会えたなら苦でもない」
「……ありがとう」

なに、今の間。
さっきの最悪の想定が現実だったということか。手が冷えてきた。ここはこんなに暑いのに。
せっかくだから何処かで飯でも、と提案したら家にお呼ばれすることになった。
どっかのレストランで食べて少し喋れたらいいなぐらいの想像だったから、何か粗相をしないか不安になってきた。
カブがホウエンにいた頃は互いの家でよく遊んでいたものだが、今となっては家に行くということが持つ意味はまったく違う。ここで幸せな家庭なんて見せられたらおれは即死だ。
いいの?なんてヘラヘラしながらついて行ったが、内心ひんし状態だ。ほとんど放心状態で着いた流石ジムリーダーは良い家に住んでいる。嫁も子供もいなくて一安心だが、じゃあなぜおれはここに連れてこられたのか。現実を見せて諦めさせるためじゃないのか。
土産のホウエンの酒を嬉しそうに受け取って、着替えたカブはキッチンから顔を出す。

「ちょっと待ってね、ご飯作るから」
「あ、手伝うよ」
「いいよ、振る舞わせて」

恋人のようなやり取りは、おれの心を的確に抉った。あの時別れなかったら、本当の恋人として共にキッチンに並ぶことができていたのかな。
手持ち無沙汰にテーブルにつき、部屋を見回していたら、ある写真が目に止まった。
おれとカブが満面の笑みで、昔の街で並んでいるところだ。いつ撮ったものだったか。たしか、付き合う前の、ただの仲が良い友人だったころ、若者らしく考えも理由もない突飛な行動でカメラマンに頼んだ写真だ。懐かしい。おれはこの写真をどこにやっただろうか。

「ありがとう……、これ、」
「嫌いだった?」
「いや、寧ろ好きだから嬉しいんだけど…」
「よかった」

出されたのはホウエンの郷土料理のスープと鶏の香草焼きで、どちらも昔おれがよく作っていたものだ。おれが作るよりずっと美味いが。ある種の感動にひたすらスプーンを動かすおれをカブは優しい目で見ていた。しばらく皿とスプーンがぶつかる音が続いて、「あ、そうそう」カブが手を止めた。

「作りながら考え事してたから、ちょっと焦がしちゃったんだ。ごめんね」
「気にならないよ。何考えてたんだ?」
「きみのことだよ」
「……は?」

さらりと言われた言葉は上手く入ってこなかった。この後に及んでまだ期待させるのか?期待、してもいいのか。伏せ目のカブが口を開くのを、落ち着かない心地で見つめる。

「君が来てくれた時、もしかしたら、って考えた。もし……もし君がぼくをまだ好きだったらどんなに幸せだろうって」
「……おれを捨てたのは、お前じゃないか」
「……他にいい方法が見つからなかったから。ごめんね」

なんとか返したそれは幾分刺々しかったが、それも受け入れられて手持ちの武器が無くなってしまった。ほのおタイプ扱うくせに、熱い男のくせに、昔よりずっとつよくなってるのに、やさしいまま。
二人とも気持ちが変わっていなかったのに何十年も離れて、歳食って、それでも好きだって、ばかみたいだな、おれたち。
ここまで言われてまだ伝わらないほどばかじゃないが、分かりきった質問をする。確証とかじゃなくて、ただ言葉が交わしたいだけの問いだ。

「まだおれのこと好きか」
「当たり前だよ。君と一緒にいれたら、って何度も思った」
「……おれもだ。カブ」

行儀悪くテーブルに乗り上げてキスをした。今までの分をしっかり返してやらなきゃ。まだほんのり温かい料理たちは、しばらくお預けである。





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