不可解が君の存在価値


階段から落ちたら異世界にいた。そこである人に拾ってもらい、寒い国で凍えずに生きることができている。一か月前におれに起きたことをまとめるならこうだ。
雪が積もる中、死にかけているおれを見つけてくれたその人はフョードル・ドストエフスキーと名乗った。おれでも知っているロシアの文豪の名にぎょっとしたが、どうやら別人のようだ。彼は日本語がとても流暢だし、何やら聞いたことのある良い声だし、もしかしたらおれはアニメの世界に来たのかもしれない。
彼に拾われてから、朝からソファに寝転んで彼にもらったゲームをするのが日常となってしまった。正直何もしないのは罪悪感があるし、完全にヒモである自分が嫌ではあったが、フョードルさんが簡単な家事すらもさせてくれないのだ。簡単なロシア語も知らないおれが口を出せるようなことはなく、彼に甘え続けている。
それにしてもこのゲーム面白いな。当然メーカーは聞いたこともないものだが、こっちでは有名なんだろうか。楽しくなって鼻歌まで出てくる。

「おや、第九ですか?」
「うわぁ!?!?」

突然後ろからかけられた声に死ぬほど驚いてゲーム機を落とした。振り向けばフョードルさんの芸術品みたいに整った顔が近くにあって更にびっくりする。

「驚かせてしまいましたね」
「いや、こっちこそ、すみません、めっちゃビックリしちゃって、あはは」

おれを拾ったこの人には感謝しかないが、ひとつだけ、嫌というか気になるところがある。この人といると、自分がとんでもなく矮小な人間に思えてしまうのだ。もちろん偉大だとは思っていないが、全て持っている彼に見つめられるのはどうにも居心地が悪かった。ゲーム機を拾ってくれた白い手に触れないように受け取る。何故かはわからないが、触ってはいけないと思ったのだ。フョードルさんは小さく笑って言った。

「あなたは面白いですね」

それは実験を眺める科学者のような、水槽に閉じ込められた魚を鑑賞するような声色だった。


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