曖昧のまま続いていく


この時代は空気が綺麗だからか、やけに月がでかい。歌人がこぞって月を詠んだのも納得だ。だが未だに現代の薄い月が忘れられない自分には辛くて、襖を閉めようとしたおれの手に節くれだった手が重ねられた。見覚えしかないその手の主は、やっぱり信長だった。

「信長様、如何なされたか」

信長は目を細めていかにも不服です、といった顔をした。わざとやったことではないのだが、分かりやすい表情に面白くなってしまう。彫刻のような筋骨隆々の身体に釣り合う熱い手を退け、機嫌を取るために明るい声を出す。

「ごめんって、そんな顔するなよ信長」

信長はフンと鼻を鳴らしてさっさと部屋に入って行ってしまった。おれの部屋なのに、と言いたいところだが、信長の城である以上何も言えない。後に続いて火鉢の側に腰を下ろせば信長はおれの膝に頭を乗せて目を閉じた。畳も枕も硬いけど、わざわざ自分より年上の男の膝を使う理由はなんなんだろうか。まぁ日常だし、おれも癖で頭を撫でちゃってるから何も言えないんだけど。

「重いよ信長」
「予を拒む、か?」
「そういうんじゃないって。あんだけ美人に囲まれといておれのとこに来る理由が分かんないんだよ」

濃姫も蘭丸も美しく、側室も四人いて且つ家臣にも美丈夫が揃っているのにおれのところに来る理由はやはり謎である。

「所以など不要。予が欲することが全て、よ」
「……はいはい。信長の仰せのままに」

相変わらずの唯我独尊だ。全く誰に育てられたのか、っておれか。
別におれは、本気でその理由に気づいていない訳ではない。おれはここに来る前から信長のことも、この先の歴史も知っている。この時代を生き残る為に偉い彼に耳触りのいい言葉を並べ続けたせいで、おれに依存してしまったのだ。居心地は悪くなくても、信長の為にはならない。この呼び捨てだって、有り得ちゃいけないのに。

「ほら、早く部屋に戻りな」
「……是非もなし」

腹を軽く叩いてやってもちっとも動こうとしないこの君主を、可愛く思っていないと言えば嘘になるのだが。


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