僕がいなくなっても悲しまないでね
もう数日、ずっと車を走らせて、ようやく世界樹の根元にあるマルシェへ辿り着いた。端の方に車を停めて、お目当ての姿を探す。彼を探す時は大体、女性が多く集まるところを見つければすぐに────ほら、いた。
石畳を駆け足で進む。女性たちからプレゼントのようなものを受け取り、キッチンカーの陰に引っ込んだ彼まで一直線に歩く。最後の方はもう走っていた。
「フェンネル、!」
「だれ…………きみが、なんで」
「逢いに来たんだ。フェンネルが村を出たって聞いて、それで」
手を掴んだおれを見て目を丸くしたフェンネルは、そっとおれの手を払った。困ったような、泣きそうな顔をしていた。でもおれの口は止まらなかった。
「なんでそんなことしたんだ。確かにお前は体は強いほうだけれど、皆のようにならない保証はどこにだって無いんだぞ……!」
「……君がそれを言うの?」
キッときつい顔になったフェンネルがおれを冷たく見据える。その瞳にはあの静かで美しく居心地の良い村を出て、病魔に怯えながら生きる覚悟が確かにあった。その覚悟も無く、ただ食い扶持の為に村を出たおれに言えることなんて何も無くなった。ごめん、なんて情けないことだけ口をついた。
「いいさ、話は終わりだよね?」
何か言え、じゃないともう会ってくれないかも知れない。まだ終わりたくない。でも喉は情けなく震えるだけだった。そんなおれをフェンネルは鼻で笑ってくるりと背を向けた。
「じゃあ、さよなら」
「ッ、待って!待ってくれ、頼む…………好きなんだ、お前が」
「……あぁ、そう」
歩き出した背を追いかけて必死に掴んだ細く美しい手は、おれの節くれだった手を握り返してはくれなかった。あぁ、最悪だ。自分からこの男の心を放り出して。
フェンネルは振り返り、微笑んだ。確かに昔と同じ顔で、慈悲に満ちていて、ひどく美しかった。
「…………また、来てよ。ケーキ、作ってるから」
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