恋を掴むには胃袋から


いい匂いに目が覚めた。トマトと豆を煮込んだ匂い。視界は真っ白な執務室。仕事していたらいつの間にか机に突っ伏して寝ていたようだ。そういえば、お腹すいてた気がするなぁ。身体を起こせばパキパキとあちこちが嫌な音を立てる。下敷きにしていたのは目を通していた途中の書類達で、悲しそうにシワシワになっていた。
あれ、そういえばいい匂いはどこからしたんだろう。後ろを見れば、クーリエが簡易コンロで小さな鍋を温めていた。どうやら匂いはこいつのものらしい。優しい顔で鍋をかき混ぜるクーリエがおれに気づいて笑いかけた。クーリエと会ったのは久しぶりなのだが、どうしてこんなことしているのだろう。なんとなく笑い返すがまだ状況が掴めない。

「……何してるの?」
「ドクターがお腹を鳴らしながら寝ていたので、僕が作ってあげようと思いまして」
「あ、ありがとう……」

以前クーリエが料理が得意だと言っていたことを思い出す。一度だけ秘書を任せた時に教えてくれたのだ。クーリエは話が面白いし、仕事ができるし、友達になれたらきっと楽しいんだろうなと思った。だからこそ秘書を外れてもらった。クーリエがロドスにいるのは、シルバーアッシュとの契約期間だけだから。別れとは隣合わせのロドスにいて、わざわざ悲しい別離を増やすことはしたくない。
でもクーリエは、こんなにもおれに優しくしてくれる。差し出された皿いっぱいのスープを受け取り、もう一度ありがとうと言えば、クーリエがにっこり笑った。

「僕、ドクターに距離を置かれて結構寂しかったんですよ」
「う、ごめん……勝手だったよ」
「だから、今日から秘書は僕でいいですよね?」
「うん……ん? 」

どうして、と聞く前に二の句が紡がれる。

「僕すっごく傷ついたんですよ」
「いや、うん。それはごめん」
「それからドクターのご飯も全部僕が作りますから」

綺麗な笑みに圧されて何も言えない。クーリエって秘書の仕事が楽しかったのかな。スープは今まで食べた中で一番美味しかった。


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