現実は甘い
高層マンションの最上階。電子式のロックを解除すればなめらかにドアが開く。これもマクロコスモスの技術力らしいが、説明を聞いてもその仕組みはおれにはよくわからなかった。
おれはローズ委員長からダンデさんの世話を任されている。ダンデさんは生活能力がない、というかバトル以外にとことん無頓着だから、誰かが面倒を見なければならない。そこで偶然おれが選ばれたのだ。家事はできるが一流には程遠いおれが何故と思ったが、給与が良くなったので、黙ってダンデさんのために料理したり掃除したりしている。
ドアの向こう側はしんとしていて、物音ひとつしなかった。いつもなら自分の試合の振り返りからからどこから手に入れたのかわからない非公式の対戦のバトルビデオまで、目が悪くなるんじゃないかっていうぐらい見まくってるのに。
「ダンデさーん。なまえです。ご飯作りに来ましたー」
しかし返事はない。いつもなら「今日は何を作るんだ?」って聞いてくれるんだけどな。もしかしたら寝ているのかも。少し申し訳ない気もするけど、こっそり寝室を覗いてみることにした。
掃除のときしか立ち入らないそこを静かに開ければ、窓際に置かれたベッドの上にダンデさんはいた。紫の豊かな髪が白いシーツの上に散らばっている。
この人の人間らしいところを久しぶりに見た気がする。大きな体を丸めて眠る姿は、色も相まってホイールのようだ。
自然と髪に手が伸びて、指でその紫を梳く。さらさらだ。おれの選んだシャンプーが合っていたようでよかった。ダンデさんが少し身動ぎをして、ぼんやりと目を開ける。
「ん……」
「あ、すみません、起こしてしまいましたか」
「…………まだ、夢か?」
「はは、もう現実ですよ」
寝惚けているらしいダンデさんが目も開かないまま頷く。その姿が可愛かったのは内緒だ。ただのハウスキーパーでしかないおれにそんなこと言われたら気持ち悪いだろうし。
さて、食事の準備をはじめなければ。
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