夜の空がぼくを待つ
※死ネタ
もう死ぬしかないと思った。帰りたいのに帰れない。手がかりも、帰れる予兆もない。同じ境遇の人間もいない。もしかしたら頭がおかしくなっただけで元々この時代の人間なのかも、という逃避を否定したのはもう電源の入らないスマホだった。戦国時代にタイムスリップなんて、もうラノベでもねぇわ。悪態をつきながら城の頂点まで登って夜風を浴びていた。
別に悪いことだけではなかった。『突然現れた』というおれを敵だと思って殺しかけた人の友達であるという男の人に助けてもらい、なぜかその人、吉継さんと恋人になった。初めて優しくしてくれた人だから、頭がバグっちゃったんだろうなと思いつつ、その綺麗な黒髪が、目がどうしようもなく美しく見えて目が離せなかった。吉継さんは業病だからと触られるのを嫌がっていたけど、ハンセン病が感染らないことを知っていたからことあるごとに手を取ったりしていたら拒否するのも諦めたみたいで、最近は手を握り返してくれるようになった。嬉しかった。この人と出会えたのは奇跡で幸せだと思った。それでも、帰りたかった。
目覚める度に、自室の天井が見えないことに絶望した経験はあるか。もはや自室の壁の色も思い出せない。家族も友達も、もしかしたらおれのことを忘れてしまうのではないかと思うと怖くて眠れない。恐怖に苛まれて吐くわ自傷行為に走るわのおれを止めてくれるのは、やはり吉継さんだったが、それも申し訳なくて、帰りたいという願望はいつのまにか死への希望へと変わっていた。
ひょっとしたら、飛び降りたら帰れるかも。と思いついてから狙い続けたチャンスは今日訪れた。
飛び降りることは怖くなかった。気がかりは吉継さんだが、忙しい人だしおれなんか忘れるだろう。吉継さんに忘れられるのも怖いし嫌だけれど、悲しませるぐらいならその方がいいと思う。本当に好きだった。別れを告げることはしなかったけれど。
思考を止めて空を見上げる。夜空が綺麗だ。吉継さんの黒い髪は、きっと夜が溶け込んだんだろう。いい思い出だった。さようなら。
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