光芒と創傷☑

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2024/07/21Sun

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努力をすれば必ず報われるわけではないけれど努力を怠ればその程度
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むかし/\、まだ愛親覚羅あいしんかくら氏の王朝が、六月の牡丹ぼたんのやうに栄え耀かがやいて居た時分、支那しなの大都の南京ナンキンに孟世※(「壽/れんが」、第3水準1-87-65)もうせいちゅうと云ふ、うら若い貴公子が住んで居ました。此この貴公子の父なる人は、一と頃北京ペキンの朝廷に仕へて、乾隆けんりゅうの帝みかどのおん覚えめでたく、人の羨うらやむやうな手柄を著あらはす代りには、人から擯斥ひんせきされるやうな巨万の富をも拵こしらへて、一人息子の世※(「壽/れんが」、第3水準1-87-65)が幼い折に、此の世を去つてしまひました。すると間もなく、貴公子の母なる人も父の跡を追うたので、取り残された孤児の世※(「壽/れんが」、第3水準1-87-65)は、自然と山のやうな金銀財宝を、独り占めにする身の上となつたのです。
年が若くて、金があつて、おまけに由緒ある家門の誉ほまれを受け継いだ彼は、もう其それだけでも充分仕合はせな人間でした。然しかるに仕合はせは其れのみならず、世にも珍しい美貌びぼうと才智とが、此の貴公子の顔と心とに恵まれて居たのです。彼の持つて居る夥おびただしい貲財しざいや、秀麗な眉目びもくや、明敏な頭脳や、其れ等らの特長の一つを取つて比べても、南京中の青年のうちで、彼の仕合はせに匹敵する者は居ませんでした。彼を相手に豪奢ごうしゃな遊びを競ひ合ひ、教坊の美妓びぎを奪ひ合ひ、詩文の優劣を争ふ男は、誰も彼も悉ことごとく打ち負かされてしまひました。さうして南京に有りと有らゆる、煙花城中の婦女の願ひは、たとへ一と月半月なりと、あの美しい貴公子を自分の情人にする事でした。
世※(「壽/れんが」、第3水準1-87-65)は、斯こう云ふ境遇に身を委ねて、漸ようやく総角あげまきの除とれた頃から、いつとはなしに遊里の酒を飲み初め、其の時分の言葉で云ふ、窃玉偸香せつぎょくとうこうの味を覚えて、二十二三の歳までには、凡およそ世の中の放蕩ほうとうと云ふ放蕩、贅沢ぜいたくと云ふ贅沢の限りを仕尽してしまひました。そのせゐか近頃は、頭が何となくぼんやりして、何処どこへ行つても面白くないので、終日邸やしきに籠居ろうきょしたまゝ、うつらうつらと無聊ぶりょうな月日を送つて居ます。
「どうだい君、此の頃はめつきり元気が衰へたやうだが、ちと町の方へ遊びに出たらいゝぢやないか。まだ君なんぞは、道楽に飽きる年でもないやうだぜ。」
悪友の誰彼たれかれが、斯こう云つて誘ひに来ると、いつも貴公子は慵ものうげな瞳を据ゑて、高慢らしくせゝら笑つて答へるのです。