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おれの人生、いつもいつも誰かの当て馬だった。

『春人くん優しいね』
『一緒にいると安心する』
『話聞いてくれたから元気出たよ』

そうやってかわいい笑顔を向けてくれた子達はみんな、俺以外の野郎と結局結ばれた。なんでだ、いつも途中まではいい感じなのに。俺のこと意識してるって顔で、微笑んでくれたり視線を逸したりしてくれるのに。

みんないつも、心の奥底に恋い焦がれる本命の相手がいるのだ。幼なじみ、いとこ、家庭教師、隣の席の男子。じゃあおれは、なんなんだ?話を聞いてくれるぽっと出。それっぽっちの悲しい存在。ああ俺だって、愛する誰かの本命になりたいよ。


「え、春人またダメだったの?」
「先週二人で出かけたんじゃなかったのか」
「……でかけた」
「いい感じだったんだろー?なんでだめになるかなあ」

友人の一人、優馬がまかふしぎと言った顔で呟く。おれだって知りたいよ。デートの終わり、日が傾き雰囲気は最高。ぬるい風が微かに吹いて隣を歩くあの子の髪を撫でる。たまらない気持ちにつつまれ、夏の匂いにまじって想いを告げようとした。好きです、付き合ってください――。

「告白しようとしたら、春人の好きな子連れてかれちゃったんだっけ?颯爽と現れたライバルのメガネくんに」
「〜そーだよ!つかおれライバルだったかすら危ういよ!」
「その日のうちにくっついちゃったんだもんね〜。春人はほーんと、二番手なんだから」

うん、ともう一人の友人、浩太がしみじみと頷く。片手間にサッカー雑誌を読んでるあたり俺の話に真剣かどうかは怪しい。

「なんでだよぉー、すきだったのに……俺なりに、がんばったのに……」

1年の頃から続けているカフェのバイトに新しく入ってきたのがあの子だった。名前は藤川くん。学校のこともバイトも一生懸命に取り組む、明るくて前向きな男の子。そう、男の子だった。照れたように笑う顔がめちゃくちゃかわいくて、好きだな、と心が揺れたときにはじめて俺は男でもいけるくちだったのかと思った。男を好きになったのは初めてのことだっけれど、好きになったらもう止まらなかった。

藤川くんは俺よりずっと頭が良くて通っている高校も県内有数の進学校だった。バイトが休みのときは、家より集中できるからと言って時々バイト先に勉強をしに来ることも多かった。いつが最初だったか、藤川くんの後ろについて店内に入ってくる男がいたのだ。件のイケメン、メガネのあいつ。名前は知らない。

『なんでついてくるんだよ』
『別に、俺もここに用があっただけだ』
『うそくせー……』
『安心しろよ邪魔はしないから』
『当たり前!』

藤川くん、そんなふうに怒ったりするんだ。そんな不機嫌な顔もするんだ。メガネのイケメンと話す藤川くんの表情は新鮮だった。俺に向けてくれている態度はまだまだ他人行儀なんだなと思って、密かに落ち込んだのを覚えてる。

『古佐田くん、おつかれ』

俺にはいつものようなほんかした笑顔を向けてくれた。メガネのイケメンが藤川くんの後ろから分かりやすく睨みをきかせてくる。今思えばあの瞬間から、俺は知らずにメガネのイケメンを焚き付けてしまっていたのだと思う。

藤川くんが勉強を頑張る理由はこのメガネのイケメンにあった。二人は学年トップを争う、いわゆるライバル同士の関係だったそうだ。そんなことも含めて藤川くんからはメガネのイケメンの話をよく聞いた。あいつは負けず嫌い、いつも突っ掛ってくる、そのくせ時々びっくりするくらい優しい……エトセトラ。俺に心を開いてくれるほどに藤川くんの口からメガネ男の話題を聞かされる回数が増えたように思う。そう、俺は焦っていた。藤川くん、そいつのこと好きなんじゃない?言えなかったけどそんな予感を薄々抱いてた。だからもっと俺を見てもらおうと思ってデートに誘った。向こうがデートだと感じていたかは甚だ怪しいが。勢いあまって告白までしようとした。結局、藤川くんの王子様が彼を連れ去ってしまったわけだが。

『俺ら付き合うことになったから。お前もう藤川にちょっかいかけんなよ』

こうして俺の淡い恋心は、好きな子の彼氏となった恋敵によってあっけなく打ち砕かれたのだった。


「おい古佐田ー。お前いつまで教室でダベってんだよ?委員会遅れるぞ」
「は?委員会?」
「お前今日から美化委員じゃん」

知らん。優馬を見ると呆れた溜息をつかれた。

「春人、さっきの委員決めの時間ぼーっとしてたから先生が勝手に決めちゃったんだよ」
「はあ!?」
「どんまーい」
「がんばれ春人。俺は部活に行く」
「俺もそろそろ帰る〜」
「裏切り者ども!おれが可哀想じゃないのか!?」

失恋した挙句にやりたくもない委員会まで!こんなに不幸な俺を放って、二人はさっさと教室を出ていってしまった。本気で薄情なやつらだ。

「古佐田ー。サボんなよー」
「わあってるよ!」

で、美化委員どこでやるんだよ。しばし固まってると先程から親切に声を掛けてくれるクラスメイトが親切に教室の場所まで教えてくれた。

教えられた2-Aの教室まで行くと、もうほとんどの席が埋まってた。学年とクラス順で席が決まってるらしく俺も指定された通りの席に座る。

「あぶなー、初回から遅刻するところだった」

委員会の開始を待ってると隣から男の声が聞こえた。独り言?おれ反応したほうがいい?ちらっと横を見ると思いっきり目が合った。あ、これリアクションするやつだ。

「……俺も、結構ギリギリだったよ」
「あーまじ?てか俺以外に来てない人いるね。ぜんぜん大丈夫じゃん」
「そーみたい……ですね」
「あは、なんで敬語?同じ2年でしょ?俺、庭瀬って言うんだ。前期の委員会ではよろしくね」
「あ、うん。よろしく」
「そっちは名前なんて言うの?」
「古佐田」
「名字珍しくない?」
「庭瀬もあんまいないよ」
「そうかな?」

いきなり距離感が近い。なのに不思議と嫌な感じはしなかった。笑顔が人懐こいから気を許してしまうのかもしれない。

「はい委員会はじめますよー。今日はとりあえず委員長とか書記を決めてください。議長が決まったら、以降の委員会の進行は先生じゃなくて議長がやります」

委員会が始まると庭瀬はさっきまで開いていたおしゃべりな口を閉じて前を向いた。授業中も喋って先生に注意されるタイプかと勝手に思ってたのでちょっと意外だった。
委員会は、3年が役職に立候補したおかげですんなりと終わることができた。さっさと解散になって、俺も席を立つ。

「古佐田くん、またね」

庭瀬から手を振られる。別れ際に友達に手を振られるなんて小学生の頃以来だったから、動揺して俺も同じように手を振ってしまった。そんなに遠くもない距離で高校生にもなった男同士が手を振ってさよならをしてる。シュールすぎるだろ。いたたまれない。3年の女子の先輩の「なにあれー」「かわいいー」というクスクス笑いに耐えられなくなって逃げるように教室を出た。

「古佐田くーーーん」

昇降口を出て数歩のところで、上から降ってきた声に足を止める。見上げると庭瀬が窓から身を乗り出して俺を呼んでいた。あぶねーなと思って視線が外せなくなる。庭瀬はにこにこ楽しそうな顔でふたたび叫んだ。

「古佐田くんさーー、何組ーーー?」

何を言うかと思ったら。なんじゃそりゃ。

「D組ーー!!」
「そーなんだー!俺はC組だよーー」
「わかったから窓から体出すの!!やめろよ!!」

庭瀬は最後にもう一度手を振ってきた。仕方ないので俺も手を振り返す。満足したのか庭瀬は窓から離れ教室へと戻っていった。俺も、ようやく帰路についた。

なんなんだ、あいつ。マイペースすぎじゃね?
思わず吹き出した。いろいろ、衝撃的。顔はかっこいいのにどっか変わってる。庭瀬の言動がおかしくて、失恋の痛みも美化委員の怠さもこの時ばかりはどっかにいってた。


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