「突然こんなこと頼んで申し訳ありません」
「ううん、全然。私魔法の扱いがすごい苦手だから、練習になるし」
そういいながらストレッチをするのは都子・バレンシア。家が貿易商という接点で仲良くなってから、会うたびに一言二言交わすようにはなっていた。先輩としても尊敬している。
今日は魔物棟で訓練でもしようと廊下を歩いていたのだが、その道中でバレンシア先輩に出会った。魔物棟に行く旨を説明したのち、彼女にどうせなら共闘しないかと提案すると彼女はあっさり快諾してくれたのだ。
彼女も俺の従姉妹、クオリア・エルベールと同様種族は人間だ。防御面が心もとないが、今回は二人で行うため大丈夫だろう。
「今回はグラ先生に魔物を選んでもらおうと思ってるのですが大丈夫ですか?」
「うん! 大丈夫」
準備ができたら入れ、と声がしてフィールドへ続くドアが開く。バレンシア先輩を見やると一つ、コクっと頷いて一歩踏み出した。
狭く暗い通路を通り抜け、ひらけたフィールドに到着するとそこには一人の人間ほどある大きな檻があった。もちろん、布がかかっていて中は見えない。
「おぉ……おっきいね」
「ですね」
魔物棟にいる魔物を全て把握している訳ではないから、目の前の檻の大きさのみではわからない。バレンシア先輩はすでに準備ができているようでいつでもいいよ、と言った。その言葉の間にもせわしなく袖の中で手が動いているようだ。
「始めますね」
すっと右手を挙げる。モニタリングしていたグラに伝わったのか、彼女の声がフィールドに響いた。
「レイ・H・クロンツェ、都子・バレンシア両名による魔物討伐訓練を開始する。……始めッ」
「
Dia della terra, Dia del cielo. Dare quel beneflcio」
かぶせるように基本詠唱を唱える。スピードは大事だ。彼女の掛け声と同時に檻と布が消えた。中から現れたのは。
「……アローケオ」
別名燃える馬。気性は荒く、攻撃性も高い。現に俺たちを見つけたアローケオは一直線にこちらへ向かって来た。
「動き、止めます!」
いうが早いが彼女の袖あたりから霧状の状態異常付与攻撃が噴射される。寸前でアローケオに降りかかり、一瞬奴の動きは止まった。
「
Pioggiove il suolo」
その一瞬を俺は見逃さない。アローケオの足元に狙いを定め、とっさに穴をあける。アローケオとは危険性も高いが、所詮は馬である。足が使えなければ仕留めるのも容易いはずだ。
「ナイス! レイくん!」
「とどめをさします」
目測だったが、アローケオの体がほぼ入るほどの穴に奴は沈んだ。
「
Coagulare il nostro signore」
以前魔物棟でも実践したように周囲の土を凝固させ、鋭さを増していく。正面から衝突してくるアローケオは非常に強く、弱点がないように思えるが、だからこそ弱点になる部分がある。脇腹だ。そこを突きさえすればあっさりとアローケオは倒れる。
未だに土の鋭さを増す作業は神経と集中力を使い、慣れることはなかった。しかしそれが仇となる。
穴の中に落ちているアローケオの動きはこちらからでは読めない。もし、アローケオが足を振り上げて火柱なんてものを呼び起こしていたら気づくのが遅れるのは必至だった。そして案の定、奴はそれを実行する。
「ひゃ!?」
直線距離にいたバレンシア先輩めがけて土の中から徐々に炎が溢れ出す。アローケオを地中においていた故、土の中を通ってしまったため気づくのが大幅に遅れたのだ。あのスピードでは今から回避などできない。
「
Torreggiante muro di terra」
突き刺すための土の塊を減らし、その分の魔力を都子さんの前の土で壁を作って防御するために回した。額に汗がにじむ。炎は一瞬立ち止まり、しかし土の壁をも超えて彼女に迫った。
そのすきに逃げた彼女が遠回りしてこちらへやってくる。もちろん炎を引き連れて。
「バレンシア先輩!? 勘弁してください!」
「魔力の回復魔法、あんまり得意じゃないんだけどやってみるから。アローケオさえ倒せばあの火もなくなるでしょ? レイくんならできる!」
結構めちゃくちゃなことをしでかす人だ、と心の中でため息をついた。彼女の手がちょうど翼と翼の間、肩甲骨のあたりに添えられる。じわっと広がるように全身へ何かが流れ込んだ。これが、回復魔法か。
増強された魔力のおかげでアローケオ本体の上に残っていた土の塊は氷柱のような鋭さを増した。あともう少し。炎も同時に迫っていた。
「
Les ciao giu」
最大魔力で突き落としたその土の塊は的確にアローケオの脇腹を直撃した。アローケオの絶命まであと数十秒もないだろう。ただ、問題はその数十秒の間にあの火柱がこちらまで届いてしまうということだ。とっさに全ての魔法を解除する。
「
Gemiti le mie ali」
背中にいた彼女をとっさに脇に抱え、飛び立った。彼女の回復魔法がなければこの解放詠唱すらできなかっただろう。やがてアローケオは砂のようにサラサラとその姿をなくし、フィールドを駆け回っていた火柱も消えた。
「戦闘終了。戦闘時間一分二十七秒。ご苦労」
グラの声が響いた。ゆっくりとフィールドに降り、抱えていたバレンシア先輩をそっと立たせる。彼女は少し申し訳なさそうに頭を掻きながら笑っていた。
「ごめんね、レイくん。結局間に合わなくて」
「結果オーライです。あの場でバレンシア先輩に魔力を補充してもらわなかったらこうなってなかったですから」
バレンシア先輩がそっと袖から手を出した。どうやらハイタッチの合図らしい。パチン、と軽快な音がフィールドに響く。
アローケオ
都子・バレンシアちゃん( @jJSQNOnDxELEzOK )