リテルイスペル

レイ
魔物棟06


「……なんっでテメェと共闘しなきゃなんねぇんだよ!」
「騒ぐなうるさい。元はと言えばお前が悪い」
 少し苛立ちを覚えながら隣にいる義理の従姉妹、クオリア・エルベールを一瞥した。元々出会う前から俺はこいつが嫌いだった。理由を真面目に考えたことはない。ただ、シュヴァリエさんからこいつの話を聞いた時微かな嫉妬を覚えたのは確かだった。
 魔物棟で訓練しようとここまできたとき、ちょうどアッカの寮からやってきたクオリアと出くわした。クオリアが嫌味ったらしく競うように入っていくのでつい、くだらない競争なんてものをしてしまった。
 魔物棟は複数部屋があるのだが、なぜか今日は一部屋しか空いておらず、どちらかが待つしかなかった。お互い慌てて無理矢理フィールドに入り込んだせいで自動的に共闘という形になってしまったのだ。今更文句を言うのも面倒だし、ここで折れて俺が出て行けばこいつのために待たなくては行けないのがなんとも癪に触るので仕方なくここにいる。
「ろくに魔物の選択もできねぇし最悪だっつーの。時間返せ」
「こっちのセリフだ」
 少し笑みを含んだグラの声がフィールドに響く。
「準備はいいな?」
 クオリアと同時に右手を挙げる。こんな些細なことにも少し苛立ちを感じた。こんなやつと。
「レイ・H・クロンツェ、クオリア・エルベール両名による魔物討伐訓練を開始する。……始めッ」
 魔物を包んでいた檻と布が取れる。
「……は?」
 一瞬わけがわからなくなってぽかんと口を開けた。クオリアも惚けた面で魔物を見つめている。
Dia della terra, Dia del cielo. Dare quel beneflcio天の神よ、地の神よ。我にその恩恵を与え給え
 たっぷり二秒はあっけにとられていただろう。これまたほぼ同時にクオリアが動き出し、俺は基本詠唱を唱えた。相手はまるで気にせずまっすぐにこちらへ向かってくる。
Coagulare il nostro signore凝固せよ我が主
 ガキン、と金属同士がぶつかる音がした。前衛どうも、と心の中でつぶやきながら"魔物のクオリア"の背後の土を浮かせる。
Les ciao giuその身を降らせ
「うっわ! テメェ!」
 無差別に大小様々な土の塊を降らせる。本物のクオリアはパッと避けるが、魔物はその下敷きになった。
 リテルイスペル。敵の姿を写し取るという魔物だ。複数人いる場合は一人しか擬態できないというから、今回はクオリアを選んだのだろう。倒しやすさでいうのなら俺よりもクオリアの方が圧倒的に楽だろう。特にややこしい魔法や技は使わず、真正面からぶつかってくる。心臓をつけば出血死する。簡単だ。すぐに倒せる。
「何もう終わった顔してんだよバカ」
「別にそういうわけではない」
「俺の耐久力なめんんじゃねえぞ」
 少なくとも防御はほぼないだろ、と突っ込みかけて、目の前が動くのを見た。あれほどの土の塊に押しつぶされてもなお、まだ立ち上がるのか。ボロボロになりながらも再度立ち上がり、鋭い眼光をこちらへ向けた。
 クオリアはニヤリと口角を上げ、まっすぐ自分の姿をしたリテルイスペルに突っ込んでいく。リテルイスペルもまた直線上に突っ込む。また正面からぶつかる気か、能無しと毒づいたその時。
 リテルイスペルはクオリアの上を飛んだ。
 彼女の潜在的な身軽さについては以前戦った時に知ってはいたが、さすがにそこまでコピーできるとは思っていなかった。リテルイスペルはまっすぐ俺の方へと駆け抜けてくる。クオリアも同様にあっけにとられていたのだろうが、すぐにUターンしてこちらへ戻ってきた。
Torreggiante muro di terra聳え立つ土の壁
 能力をコピーしたとはいえ、魔法の使える人間に正面から突っ込んでくるアホ正直さは変わらないようだ。土の壁を出現させ、リテルイスペルの姿はフェードアウトする。
 壁で見えなくなった瞬間の位置から数えておそらくあと十秒後、リテルイスペルはこの壁の前に到達する。九、八、七。
Il nostro una spada我が主の剣
 六、五。誰かが駆け抜ける足音以外は恐ろしく静かな瞬間だった。四、三。手元に土を集めて剣を作る。できる限り鋭く、鋭く。意識を集中させた。二、一。
「レイ!」
「クオリア!」
 土の壁を一瞬でなくす。俺の声とクオリアの声が重なった。計算通りリテルイスペルが擬態したクオリアがそこにいて、その背後には飛び上がり鉄パイプを振りかざしたクオリアがいた。お互いの顔を見ずともほぼ同時に俺の剣がリテルイスペルの胸に突き刺さり、クオリアの鉄パイプがリテルイスペルの頭を殴り飛ばした。
 映像が乱れるかのようにクオリアの姿とリテルイスペル本来の姿が点滅する。土の剣から手を離す。魔力を失ったそれはあっさり土に戻った。クオリアもへこんだ鉄パイプを持って一歩下がる。リテルイスペルはその場で液体状になって消えた。
「戦闘終了。二分九秒。ご苦労」
 お互い一切言葉を発さずにフィールドの出口へと歩く。自然と早足になり、フィールドの出口まで競争していた。
「おりゃ」
 不意にクオリアが俺の足の前に鉄パイプを差し出した。思わずつんのめりかける。その様子を見ていたクオリアが下品にゲラゲラと笑っていた。
「なかなかお前もやるじゃねぇか。ま、俺一人でも倒せたけど」
 じゃーな、と手をひらひら振って先にフィールドの外へ出ていくピンク色のポニーテールを睨んだ。
「……二度と共闘なんてするか」
 ため息をひとつ。訓練を始める前よりかはまだ清々しい思い出フィールドを後にした。

リテルイスペル
クオリアと。
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