私にできる些細なこと

アルミリア
ゾンビドラゴン討伐



 ハイリヒンメルに足を踏み入れてから少し。救助を続けつつも、やけに静かな風の音に耳をすましていた。
 今もきっとどこかでゾンビドラゴンとの交戦が行われている。私にできるなら駆けつけたい。けれど、この程度の力で私は助けられるだろうか。一人、また一人と住民を避難所へ送り出すなかほんの少しだけ怖がっていた自分に気づく。こうして避難所から離れずここにいるのは、きっと目の前で死と隣り合わせのなか戦う生徒を見たくないからだ。
 この学園に来てから生と死を嫌でも目の当たりにする。これまで一人で生きていた私にとって生きることはなんなくこなせる当たり前のことだった。生命活動に必要なのはこの胸のコアと少しのオイルだけで、死に結びつくことなんてきっとない。
「ゾンビドラゴンだ!」
 誰かの声が聞こえる。ハッとして振り返るとその巨体の影がほんの少し遠ざかったところに見えた。途端悲鳴を上げ始めた住人たちの避難が徐々に滞り始める。周囲の生徒は駆けつけられそうにない。行くなら……きっと今だ。
 巨大な影に向けて走り始めた。あそこにもまだ住民がいるなら、とりあえず助けに行かなくてはならない。それがここの大地を踏みしめている私の役目なのだから。



「失礼します、状況は」
 駆けつけたそこは思ったよりもひどい有様だった。生徒の数はおおよそ五名。明らかに一人だけ様子のおかしい生徒がいるものの、それでもなお苦戦を強いられているようだ。
 ……五人もいるのに。
 それは失望ではない、恐怖だった。学園の生徒は決して弱くはない。たとえ一年生であれど、定期試験や討伐依頼を乗り越えた生徒たちはそれなりに成長しているはずだ。その生徒たちをものともせずにゾンビドラゴンはその猛威を振るっている。
 後衛で杖を振るっている生徒へとっさに声をかける。切れ長の碧眼がちらりとこちらを見やり、切羽詰まった声のまま彼は答えた。
「一人負傷している。それに伴ってもう一人戦線を離脱。それ以外は……見ての通りだ」
 見ての通り。それはつまり、その場にいる生徒たちが限界に近いことを表していた。特に最前線でゾンビドラゴンへ突っ込んでいる生徒……それはまるで年端もいかない生徒のように見えた……は、己の限界をとっくに超えているように見える。
「近くにいる生徒には全体強化を施します。データスキャン、開始します!」
 最前線に突っ込んでいる生徒を除いてサポート、攻撃をしている生徒たちに意識を馳せる。隣にいる背の高い、よく見ると白髪の青年。よく似ている獣耳と優雅な白髪が少々乱れている少女二人。桃色の髪をローブのフードから覗かせている小さな少女。少しずつ、少しずつ可能な限りの魔力を流し込んで行く。彼らの特性を活かせるように。
「……強化か」
「ええ。……既に、強化が?」
「私が施した」
「っ、無駄足でしたか、すいません」
 同時に物理防御壁を展開する。これで少しはゾンビドラゴンからの攻撃から身を守れるようになってほしい。先にかけられた強化と相殺されかけた魔力を引き戻し、強化が切れかかっている部分だけを補正する。あとは……。
「あの方の強化は……!」
 どうなっていますか、と尋ねようとしたとき。ゾンビドラゴンの重い攻撃が彼女へ直撃する。本来綺麗であったのであろう白髪が大きく揺れた。
「エルシィちゃん!」
 誰が叫んだのかはわからなかった。その少女の声とともに、彼女の体がこちらへ飛ぶ。足を踏ん張ったものの、彼女のからだが衝突して後ろに弾かれた。受け身をとり、無属性魔法を咄嗟にかける。触れたところから、彼女の魔力の消耗率がひどいことを知った。すぐさま動こうとする彼女の体を慌てて抱きすくめる。
「っ、離せ! エルゥは……!」
「お待ちください。そのような状態で今立ちはだかってもまた吹っ飛ばされるだけです」
 よく見ると少女の付近には心配そうな表情をしたアライグマのような動物がいる。飛行補助は彼が行なっていたのか、と背の翼を見て納得した。
「うるさい!」
 じたばたと暴れる彼女の渾身の力で押しとどめた。この戦闘の場では彼女が前線を張っていたものの、ゾンビドラゴンの動きは他の生徒がまだ押しとどめてくれている。彼女がメインアタッカーであることはわかる。けれどやはりまだ、他の生徒も弱っていない。
「データスキャン、開始します。もう少しだけお待ちなさい」
 抱きすくめているおかげか、接触地点が多くスキャンには事欠かなかった。私はアタッカーにはなれない。彼女のように最前線で敵へ向かって行くには弱すぎる。できるのはきっと、こうして私の魔力を彼女へ渡すことだけ。
「う……う?」
 強化と彼女の魔力が少し回復したことに気づいたのか、暴れる力がほんの少しだけ弱まった。ふっと体の拘束を解くと彼女の体は弾丸のごとくゾンビドラゴンへ向かって行く。
 私がここに来るまでに、何があったのかを私は知らない。けれど彼女の背中がどうしようもなく、必死すぎたから。
「……いってらっしゃい、エルシィさん」
 聞いたばかりの名前を小さく呟いた。遠くから背中を押せていればいいと願いながら、少しだけ瞳を閉じる。

ゾンビドラゴン討伐チーム 緊急混成討伐隊
チームメンバー(会話させていただいた方)
ゴートさん( @bo_bokko ) ※お名前は出しておりませんが……!
エルシィちゃん( @yuki2LR )
(その場にいる描写をさせていただいている方)
リラさん、出雲さん、シャオジウさん

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ほとんどの魔力をエルシィさんに渡したので、この後少しだけ目を閉じて体力回復後またサポートに戻ります。

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