二人が見る世界

クオリア レイ
空の国アフター



「セブ、状況は……」
 一気に気が抜けたのだと思う。ゾンビドラゴンやドクフラシは生徒たちの奮闘でほとんど姿を見せなくなった。救急テントには生徒や現地の人々問わず怪我人で埋もれているものの、どことなく安堵の気配が漂っていた。
 ほとんど自分のために動いていたせいか、怪我も疲労も周りの生徒に比べて少ない方だと思う。今はひどく反省しているし、自分にできることをしたい。
 セブ、と声をかけたはいいものの、今回の討伐には連れてくる余裕がなかったことを思い出した。合流してからはずっと一緒に行動していたラグナとは先ほど別れたばかりだ。お互いにできることが違う今、ずっと一緒に動くわけにはいかない。
 一人か。今度こそ真の静けさを取り戻したハイリヒンメルは、ひとりぼっちで佇む俺の姿を色濃く浮き彫りにさせていた。
「Dia della……いや」
 いつもの詠唱を唱えようとして、ふとやめる。少し前、テュルキースバルトでほんの一瞬、できたことを思い出した。周囲に人はいないし、こんなときだけれど練習するにはいいのかもしれない。
 瓦礫に対して指先を向けそのままふっと持ち上げるイメージを膨らませた。指先を動かす。じわじわとその場で動きはじめた瓦礫が一気に高くまで持ち上がった。あまりの勢いに驚いて腕を下ろすと、地面に衝突して粉々に砕け散った。
 ひどい破壊音が辺りに響く。なんだか突然怒られた子供のように萎縮してしまった。慣れないことはするべきじゃない。
「大丈夫か!?」
 二度目の驚きはすぐにやってきた。目の端にピンク色が映るのと、その声が届くのは同時だった。義理の従姉妹。
「……クオリア」
「んだよ、お前か」
 音を聞いてきたのだろう彼女が明らかに落胆した顔を見せた。なんだか気まずい空気が二人の間を支配した。
 その場の流れで、どうしても何度か戦う羽目になったが、これまでお互いそれ以降特に話すことはなかった。クオリアにはどうしようもない引け目と劣等感を抱かずにはいられない。彼女の素質は努力ゆえではないことを知っているせいだ。
「何してたんだよ? すげえ音したけど」
「いや、……練習だ」
「こんなときに? 気楽なもんだな」
「そうじゃない!」
 語気が荒くなって口をつぐんだ。喧嘩したいわけではない。クオリアの性格や口調が悪いのも起因しているとは思うが、どうしても喧嘩腰になってしまうのをどうにかしたかった。本当は、本当は感謝しているし、体の動かし方や物理的な戦い方をもっと聞きたいのだ。
「ここがお前の故郷なんだろ?」
「ん、あ……ああ」
「家もあんだろ。どうだった」
「奇跡的に無事だ。多分、家の人も……」
「そうか」
 クオリアが砕けた瓦礫の破片を蹴り上げた。コロコロと音を立てて転がったそれは瓦礫の中に消えていく。
「よかったな」
 心の底からそう思っているような、彼女の微笑みが目には眩しかった。素直で本能的に生きている。何も気にすることはない、何も、守る必要がないように見えるのに。
「クオリア」
「あ?」
「なんでそう喧嘩腰なんだ」
「な、いや、別にわざとじゃねぇよ。なんかもう反射的なもんだ。名前呼ばれっとこうやって返しちまうの。……な、ナンデスカ、レイサン」
 ぎこちない敬語に今度は吹き出した。やりにくそうに明後日の方向をみやったクオリアは鉄パイプを無造作に振り回している。
「くだらない……くだらない、子供みたいな理由なんだ。お前は悪くない」
「知ってるよ」
 青い瞳がこちらに向いて、ニヤリと笑う。
「俺、何も悪いことしてねーだろ」
「う、いや、まぁ、そうなんだが……」
 今度はだいぶリラックスして、指先を瓦礫に向けた。徐々にどかしていく。すんなり動き始めた瓦礫を空中で分解した。サラサラとした土に戻ったそれらは地面に落ちていく。
「そういやお前、さっきまでなんか銀髪と一緒にいなかったか? 最近一緒にいんのよく見るけど……もしかして」
 にんまり笑った彼女の顔に少し恥ずかしくなりながらそっぽを向いた。また動揺のせいで瓦礫が地面に落ちかけ、心臓が跳ねた。鉄パイプを振り上げたクオリアは音など気にすることなく瓦礫を割っている。
「お前もいるだろ、ひとりやふたりそういう人が」
「ふたりもいんのか? お前」
「いない! 俺はラグナさんだけ……」
 口をついて出てきたセリフが彼女の誘導尋問のようなものだったことに気づいた時にはもう、彼女の腹たつような表情を止められなかった。盛大なため息を吐いて口をつぐみ、瓦礫撤去に専念する。女性には困らされてばかりだ。俺は女運でも悪いのだろうか。
「おめでたいこって」
「だから、お前な……」
「よかったじゃねぇかよ。交流祭くらいからだいぶ人間らしくなった」
 人間らしく? 聞き返す間も無く彼女は続ける。
「お前と初めて手合わせした時、なんか焦ってるみたいだっただろ。ずっと一人でいたみたいだし。最近は友達増えたのか?」
 本来心配する方は逆なのではないかと思うほどの言葉をかけられて思わず苦笑した。つまりは俺の方が子供だったということなのだと思うのだが、それでも情けなさは感じてしまった。
「お前との手合わせも楽しかったぜ。意味わかんなくて腹たったけど。でも俺はずっと、普通に話せればいいと思ってたんだ」
「普通にって……」
「よく考えてみろよ。俺とお前って一応の家族だぜ?」
 あの人の姿が頭によぎった。シュヴァリエさん。俺の恩人、クオリアの養父。血の繋がりはなくとも、俺とクオリアの間にはあの人がいる。あの人がなぜ普通の人間であるクオリアを選び入学させたのかはいまだにわからないのだ。どうしてこの孤児を見つけたのかも。俺が彼女の存在を知った時にはもう、彼女の入学は決定していたのだから。
「最初はこんな狭い世界に突っ込まれるのが本気で嫌だったけどな、結論から言うとこの場所は全然狭くなんかなかった」
「どういうことだ?」
「レイからしたら狭いかもな。でも俺は何も知らなかった。世界にはこんなにもたくさんの種族がいて、まるで正反対の考えを持っている奴がいて、魔物に苦しめられている国もある。勉強しなきゃいけないことの必要性はわかんねぇけど、生きていくために必要なのは力だけじゃないってことを嫌という程わからせられる」
 俺だって知らなかった。お前の十倍以上もの時間を生きているのに、俺は何も知らなかった。両親に守られ続けていた。それでも俺の世界はあの小さな屋敷の中だけで事足りていたはずだったのだ。
「俺には自由しかなくて、世界は狭いだけだった」
 狭いのが悪いと一概に言えないのは、やはり百年の思い出があるせいだ。クオリアとのこれまでの人生の差は山ほどあれど。
「あー……なんかやっぱダメだな俺、何言いたいかわかんなくなってきたわ。簡潔に言うと、とりあえずお前、仲良くしてくれって話。誰かに言われたからとかじゃなくてな。ずっと思ってたから」
 光が彼女の背中から照らしている。影になってもなお、その笑顔は光を携えていた。差し出された手に視線が移動して、俺の右手は瓦礫撤去を休憩しその手に伸ばしかける。
「……辛気臭ェ!」
 俺の手をバチンと叩くと乗っていた瓦礫から飛び降りてまた瓦礫を砕きはじめた。それが照れ隠しだということをほんのすこしだけ、感じ取ってはいたものの何も言わずに一つ、瓦礫を浮かす。

空の国アフター
瓦礫撤去中の話。
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