足はいつもよりスースーしていて、顔に塗りたくった化粧は薄いとは言えぎこちなさを増していた。低いヒールは細いせいで少し歩きづらい。ポニーテールは顔の横に移動しているせいかいつもより頭が傾いている気がする。
豪華絢爛な会場の中。普段とは雰囲気の違う知り合いを見ているとなんだかムズムズしてしまう。会場で落ち合う予定のミケの姿を人混みの中、視線だけ動かして探していた。
「くーおりん!」
普段揺れるはずの髪は俺にはわからないような仕組みでくくられていた。青いドレスはふんわりと裾が広がっていて、肩も腕も大胆に露出している。自分がいま上着を持っていないことを後悔するほどに。
「待ったぁ?」
「いや。全然」
ノンアルコールのカクテルは甘い香りと味を口の中に残して体の中に入っていった。少し緊張する。ポケットに入っているアレが異常に重く感じられて、いますぐにでも渡してしまいたかった。
「とりあえず踊るか? 俺踊り方わかんねぇけど」
「えへへ、うん、いいよぉ。ミケがくおりんに教えてあげる!」
本当はほんの少し、恥をかかない程度には習っていたのだけど。やっぱりまだ完璧に踊れる自信がなくて黙ってしまう。それでもミケに手を取られ会場の中心へと歩いているうちになんだかどうでもよくなってしまう気がした。
「は*踊った踊った」
「くおりん、いうほど下手じゃなかったよぉ!」
「だろ? 天才だからな」
三曲も続けて踊り通してすっかり身体も火照ってしまった。繋いだままの手を引いて、さりげなく会場から抜け出していく。ミケには何も言っていないけど何も言わずに付いてきてくれていた。
ほとんどの生徒がパーティ会場にいるせいか校舎の中も、寮も中庭も全部静かだった。すっかり冷え込んだ眠期の夜の空気は、火照った体にもやっぱり冷たくて早々に屋内へと退散する。
「ふふ、でもさっきくおりんが転びそうになったの面白かったよぉ」
「バカ、忘れろ」
さっきはこうなって、と手を繋いだままミケがその場でステップを踏んだ。だいぶ慣れてきたおかげか、そのままもう片方の手もとって男性側のステップを踏む。誰もいない校舎の中、横に静かに流れる水路と月明かりの中で、ただ黙ったまま二人で踊りながら進んでいた。
「……ふふふ」
「なんだよ」
「なんか、世界に二人っきりみたいだねぇ」
いつになくはしゃぐミケの笑顔がちょうど月に照らされていて、その通りなんじゃないだろうかと思い始めるほどだった。息が切れはじめていたせいでゆっくり手を繋いで歩きなおす。気づけばだいぶ会場から遠ざかっていて、音はかすかにしか聞こえない。
「あ」
見つけたその教室は音楽室だった。音楽系の授業はとっていないが、中が綺麗であることは噂で知っていた。何も言わず、相変わらず楽しそうなミケの手を引いて音楽室の中に入る。
「わぁ……!」
ミケが感嘆の声をあげた。俺も思わず言葉を失う。壁一面のステンドグラスは月明かりに照らされて、薄暗い音楽室の中に彩りを加えていた。大きなグランドピアノとオルガンが沈黙している。
「なぁ、ミケ」
なんてことのないように言う。
「だぁりんは見つかったか?」
わかっているくせに聞く。
「え? 見つかってないよぉ。今日もミケに声かけてくれるかなぁって思ってたけど、まだきてないみたい」
マスカレードで俺が唯一ミケについてしまった嘘。話題が出るたびにバレるのではないか、とヒヤヒヤしていた嘘。
「じゃあ一回練習しとくかぁ」
「練習?」
「おう。なんだっけ、結婚式? 前、結婚式呼ぶって言ってくれたろ。初めての結婚式でミスしたら大変だしな」
あんまりわかってなさそうなミケの手を引いたまま、グランドピアノの前に立つ。向き合って繋いでいた手を離した。
「えーっと……なんだっけ、なんか誓いの言葉?」
「う、うん。病めるときもぉ、健やかなるときもぉ、一緒にいることを誓いますか? っていうんだよぉ」
「それだ」
息を吸い込んだ。
「病めるときも健やかなるときも一緒にいることを誓いますか」
「……はい!」
ステンドグラスの光がミケの瞳に色を加えていく。無造作にポケットへ手を入れて、例の物を取り出した。
「……? くおりん、それなぁに」
「まぁいいから。左手出せよ」
戸惑いながらも差し出されたミケの左手をそっと受け取った。俺の手が震えているのがよくわかる。ダサい。一度大きく深呼吸をして、薬指にそれを嵌めた。
「……これ、」
「この前もらった交流祭の星で作った。……ミケ」
なに、と言おうとした彼女の口元をそっと右手で塞ぐ。
「……ち、誓いのキスを」
静寂はすぐに訪れた。彼女の口元を塞いだ右手の上から、ミケの唇らしいところにそっと口付ける。結婚式の真似事。順番がめちゃくちゃだったり、いろいろ省いているのはわかるけど、どさくさに紛れて渡せたのだから許してほしい。
「そのまま聞いてくれ」
渡せたらいいたかったことがある。何も言わずに聞いてほしい。
「この学校に入って、ミケに出会って、驚くほど人生が変わった気がする。ミケと卒業や将来の話をするとき、いつもその先のことを考えちまう」
いつぞやにしたミケの居場所を探しにいく話。その居場所をミケが選ぶことはもちろんわかっているけれど、どうしても言えなかった提案を、いま、ここで、させてほしいのだ。
「ミケが好きだ。まだ先の話だけど、それでもミケの隣にいる権利が欲しい。俺と付き合ってください」
ミケの右手で銀色の指輪が月明かりを反射する。
創立記念日
クオリアからミケちゃん(@jJSQNOnDxELEzOK)へ