討伐依頼



 ちょうどいい切り株を見つけ、手で土を払って座り込んだ。持ってきた簡単な弁当を膝の上に乗せて広げる。不思議とそこは静かだった。誰かの戦闘音も話し声も魔物の唸り声も、聞こえない。
 風が吹いた。ひどく強い風で、スカートがふわりと巻き上がった。空を見上げようと顔を上げた時、目の前の木が不自然に揺れているのがわかる。
「誰?」
 木の影に誰かいるのだろうか。それなりに声を上げたつもりだったが誰かが出てくる気配も、返事もなかった。もしかしたら魔物かもしれない。太ももに忍ばせたクナイに、左手をかける。右手は弁当の具材を口に運んでいる。
「……そんな」
 そこから先の声は出なくなる。姿を見せたそれは、懐かしすぎる姿だったからだ。



「ねえ、ほんとに行くの?」
 せっせと部屋の中で制服に着替え、装備を確認しているマツリカに尋ねた。彼女はさも当たり前のように碧い瞳をパチクリとさせ、頷く。
「やめときなよ。危ないし。今回、行かない生徒も多いらしいよ?」
「でも困ってる人がいるなら行かなきゃ」
 何もアンタが行かなくてもいいじゃん。マツリカはふわふわの長い白髪を後ろ手で一つに束ねた。その上からローブを羽織り、青い制服はグレーの中に隠れる。
「茉紘はほんとに行かない?」
 未だ部屋着のまま、部屋のソファでグダグダしている僕を見かねたマツリカがじっと見つめる。行かないよ。怖いもん、面倒だし。僕は死にたくないだけだし。何を言ってもわがままで、言い訳のような気がしてしまって嫌われるのではないかと怖くなった。
「……行かない」
「そっか。また留年しちゃうよ〜?」
「いいよもう。どのみちこのまま卒業する気ないし」
 立ち上がって何か飲み物でも持ってこようとキッチンへ移動した。なんだかすごく胸の奥がざわついて落ち着いていられなかった。マツリカがどこかに行っちゃうんじゃないか。いや、確かに今から討伐依頼には行くんだけど、でも。粉のココアを取り上げてカップに入れる。保温していたお湯を注いで簡単にかき混ぜた。
「茉紘、私行くよー」
「うん。いってらっしゃい」
 マツリカの方を見もしなかった。あったまったココアを両手で包んで、部屋を出る直前のマツリカの方をちらりと見た。授業に出かけるような気軽さだ。違うのは装備だけで。
「……ちゃんと帰ってくるよ」
「は? 別になんも言ってないし」
「はいはい」
 軽快に笑ったマツリカは寮のドアを開けた。隙間から見えた廊下にはローブを羽織って討伐へ向かおうとしている生徒の姿がちらほらある。
 じゃあね、と手を振った彼女がドアの向こう側に消える。パタン、と閉じた扉は騒がしい廊下と部屋の中を完全に遮断した。結局最後まで、行かないで、の一言が言えなかった。



「っ、!?」
 意識が内側から解放されていく。ハッとした時、目の前にマツリカの姿はなかった。馬鹿らしい。いるわけがない。だってマツリカは死んだのだ。
 食べかけの弁当をしまう。すっかり食欲は失せてしまった。今のは一体なんだったんだろう。ミラージュの一種か何かだろうか。いや、そんな情報はない。
 討伐に参加しているからだろうか。あの討伐依頼でマツリカが死んでから、僕は一切の討伐をサボらなくなった。死にかけている子を一人でも救えるように、と、たったそれだけの理由で。
 あの時の討伐はどんな討伐内容だったのだろう。マツリカが死んだ現場に居合わせなかった僕には、もはやその記憶もない。

束の間の休息、思い出したこと


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