名も知らぬ人

01 - レイ
修練棟 16時の部



 二人が対峙しているその場所だけ、どこか別の世界のような気がした。周囲の騒音はそこに干渉せず、お互いほぼ何も言わず真正面で睨み合っている。
 先に動いたのは銀髪のクロー生だった。体全長ほどの銀髪は、一つの生き物かのように揺れ動いた。跳躍した彼女の足からは鋭い剣が出現してまっすぐに赤丹を狙う。彼の口元がニヤリと歪むのが、はっきり見えた。
「稚。飛んで火に入る夏の虫とはこれのことか」
 彼の手元から出現した炎が轟々と音を立てる。軌道を描いた彼女の足の剣は、それを避けるには難しい。
Dia della terra, Dia del cielo. Dare quel beneflcio天の神よ、地の神よ。我にその恩恵を与え給えFioritura di fioriterra咲き乱れし土の花
 思わず手と口が動いていた。彼女たちの間の土を動かし、クロー生との衝突を防いだ。あの炎は灼熱だ。金属が触れれば溶ける可能性もあるだろう。突然の妨害に、赤丹はすぐ俺の存在に気づいたようでそのひたいに怒りをあらわにしていた。
「お前……!」
 本能的にまずいなと思いつつ、それでも魔力を解放してしまった以上、そして関わってしまった以上、ここは彼女が逃げ切るまで付き合って行くほかあるまい。同じクロー生なのだから見捨てることはできないだろう。
「……ご無事ですか」
 赤丹から離れたクロー生徒が隣へ立つ。相手の出方を伺うように赤丹とにらみ合っていた。彼女は俺の質問に答えることはなく、無言で剣を取り出す。
「ここで戦ってもおそらく、あの赤丹というアッカ生はどこまでも追いかけてくるかと思います。一番なのは紛れることです。多少の尽力をさせていただきます」
「了解。作戦はいかがしますか」
「二番煎じですが。穴にしましょう」
 動かなかった彼女の表情が少し動いてこちらを見た。穴? と怪訝そうに聞き返してきた彼女に答えようとしたとき、すでに赤丹は動いていた。
「お前たち、まとめて燃やし尽くす!」
「っ、来ます。火に気をつけて!」
「わかっています」
Torreggiante muro di terra聳え立つ土の壁
 ひとまずの障壁として土を上空へ引きずり出し、赤丹の姿を茶色の中に消した。彼の魔力ならばあっさりと突き破って炎を飛ばすだろう。すでに土壁には熱が帯び始めている。

修練棟 16時の部
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