今年もこの時期がやってきたか、とため息をつく。シズメ儀。大切な人を失った生徒は故人を思い出し、そうでない生徒は全ての故人へ思いを込めて出し物や、提灯を飛ばす。
このイベントが俺は少し苦手だった。いやでもあの夜を、あの日から変わってしまった日々のことを思い出さなくてはいけない。
「レイ、大丈夫ですか?」
「問題ない。今日は……早く、寝る」
変わってよかったことはたくさんある。けれど、ただ一つのよくないことがいつまでも縛り付けている。もう……十八年も経っているのに。こんな気持ちでいては家を守ることなどできない。俺は……。
「……イ、レイ!」
「うわっ」
そんなことを考えながら廊下を歩いていると誰かにぶつかった。セブの声にも気づかなかった。見るとすぐ前にロキュス・ベイネルト……クローの先輩がずれた眼鏡をクイ、とあげてこちらを見ていた。
「すいません、ロキュスさん」
「おや、何か考え事か? 君が人にぶつかるなんて珍しいね」
「いや、その……」
相変わらず寛大な彼は特に咎めることもなくこちらを少し見上げた。
「なるほど。シズメ儀が原因とみた。どうだい、当たりかな?」
「……ロキュスさんには、かないませんね」
苦笑しながら肯定する。彼は人を観察することに長けすぎていて、時折奥の方まで見透かされそうで怖くなる。人柄はいい、とても尊敬もしている、ただ……。今日みたいな日は、やっぱり怖い。
「今日は仕方ないさ。そういう日だ」
「わかってはいるんですが……」
「いい、いい。君の考えを咎めることはしない。ただ、たまには息抜きも必要だ。飯、食べないか?」
まるで常套句のように彼はいつもご飯に誘ってくれる。遭遇した時には彼とご飯に行き、いろんなことを話すのが楽しかった。彼の観察眼と思考力は俺にいつも新しい視点を教えてくれる。
「……お言葉に甘えてもよろしいですか」
「もちろん。私から誘ったんだ」
彼と連れ立って商業棟へ足を向けた。束の間でいい、忘れなくても違うことを考えられたら。
*
ロキュスさんと有意義な時間を過ごし、やがて夜。彼にだって予定はあるからずっと一緒にいるというわけにはいかない。赤子でもないから大丈夫なのだが、一人になるとどうしても考えてしまう。
商業棟から自室へと直帰した。どこかに寄る気も起きなかった。サリーから勧められていた本でも読もう。それで寝てしまおう。セブはもう何も言わなかった。
部屋の中で本を広げ、じっくり読み進める。内容はサリーが選んだものだ、さすが面白い。新しく知ったことはノートに書き出していく。この時間が一番楽しかった。
どれほど時間が過ぎたのだろうか、窓の外がいささかざわつき始めた。すっかり真っ暗になっているはずの空はほのかに明るい。カーテンと窓を開けて覗き込むと、外は数多の生徒たちで埋め尽くされていた。目の端に提灯の穏やかな光が映る。
毎年やっているとはいえ、改めて見るとやはり綺麗だ。心が落ち着くようでずっと見ていたくなる。
「
Gemiti le mie ali」
翼の解放詠唱を唱えた。窓から体を出してはばたく。目の前に現れた提灯のほのかな灯りをそっと見つめていた。
まだ何も解決していない。いつ解決するかもわからない。何一つ、わかることもない。けれど今だけは……この橙色に身を委ねていたい。
ロキュスさん(@crjuil)お借りしております