ふたりぼっち


 ぐっと背伸びをする。今日も一日がもうすぐ終わる。机に向かって話を聞く、ということの難しさをきっとみんなは知らない。いつまでたっても慣れないこの生活とあの姿勢に、もう一度首を鳴らした。
 ポケットからご褒美に、と入れておいたイチゴのガムを取り出し、口の放り投げた。甘いイチゴの香りが口中に広がって、小さな幸福感に浸る。
「げ」
 もぐもぐと口を動かしながら背後から聞こえてきた声に振り向いた。そこにはちょっと居心地悪そうな顔をしたヴィンスが立っていた。
「なんだ、お前かよ」
「なんだとはなんだ! ……何でお前がここにいる」
「なんでって……休憩しちゃ悪いかよ?」
「ここはこのヴィンス様が最初に見つけた絶景の穴場なんだぞ!」
 確かにヴィンスの言う通り、ここから眺める夕日は綺麗だった。ちょうど高い山々の間で地平線が低く、鬱蒼とした森の上に位置する場所。すでに傾いた太陽が地平線に近づいていた。
「お前が見つけたって言うけどよ……、ここ結構人来てるぞ」
「な、なんだと……」
 本気でショックを受けたように落胆するヴィンスがちょっと面白い。こいつは見ていて飽きないからつい、構いたくなる。
「で? お前いつまでそこに突っ立ってるわけ?」
「え?」
「お前もここから夕日見に来たんだろ? 立ったまま見るなら別にいいけど」
 ちょっと横にずれて人一人分は座れるスペースを空けた。ヴィンスは少し、いやかなり逡巡したのち、恐る恐る俺の隣に座った。
「ん。食うか?」
 ポケットに入っていたガムを差し出すと、困惑したように俺の顔とガムを見比べた。
「毒なんて入ってねーって。俺が今食ってるやつ。イチゴ味な。お子様にもちょうどいい」
「誰がお子様だ! ……もらっておいてやろう」
 これまた偉そうに受け取り、口に入れる。じっと見ていると俺の視線にも気づかずにフニャりと顔が緩んで、慌てていつもの顔に戻った。
「な、なんだよ……」
「別に」
 視線を太陽に戻した。さっきまではかなり上にいた太陽も、半分ほど姿を隠していた。この場所は確かにヴィンスの言う通り穴場のようで周囲に生徒の姿はない。遠い廊下から微かにうるさい生徒の声が途切れ途切れ聞こえてくるくらいで音はなかった。これではまるで。
「……ふたりぼっち」
「え?」
 この世界にたった二人で取り残されてしまったかのような焦燥感と不安が訪れると同時に、なぜかちょっとだけ安堵していた。もう誰も殺されるところを見なくていいのだと思うと世界にふたりぼっちでもいいのかもしれない。
「俺、戻るわ」
「ん、そ、そうか」
「じゃーな、クソ野郎サ・マ」
 ヴィンスはまた顔色を変えて怒り出そうとしている。やっぱり面白い。そのまま噛み付いてくる、と思ったらその怒りはスッと消え、今度は気恥ずかしそうに俯いた。
「そ、の……ガム、ありがとう……」
 初めてあのヴィンスから感謝の言葉を聞いて、あまりの驚きに言葉が出てこなかった。お、おうとかなんとかそう言う言葉を呟いて背を向ける。気づけば太陽は、姿を隠していた。

ヴィンセントくん(@inuinu_1111)とクオリア