翡翠
とある噂を耳にした。比較的戦闘狂の多いアッカ生の中に、戦うシスターがいるらしい、と。もう何年もこの学校にいて、魔物を殺すことに飢えている、と。
この学園は飽きない。戦闘相手ならそこらへんのアッカに声をかければ大抵は付き合ってくれるし、種族や生徒の数だけ戦い方に差があっていつも意表を突かれる。戦闘狂の噂なら山ほど聞くし、俺は大抵噂の立つ一人一人に声をかけて行っている。
そんなこと考えながら、屋外を散歩する。今日は水辺の方へ行ってみよう、と足を向けていた。
−−−GYAAAAAAAAAAAA
ハッとして足を早める。この鳴き声は、おそらくガルグイユのものだろう。水辺の洞窟によく棲息している。この学園に来てから何度か遭遇したことがある。そこまで強い魔物ではないが、弱点が少しわかりづらくて初対面なら苦戦を強いられることもある。この鳴き声をあげたということは誰かと遭遇しているということだ。走る。
「ふふ」
交戦する音が近づけば近づくほどに、女性の笑い声が聞こえた。ひとまず交戦範囲に入り込むと木陰に近づき、様子を伺う。そこでは全身を覆うロングドレスに改造されたアッカの制服を着た女性が、金属の斧を使ってガルグイユと戦う姿が見えた。
「ごめんなさいね……」
そう言った彼女の目は楽しそうに笑っていた。
斧を振りかざし、ガルグイユの足の部分に振り下ろす。青緑のそこは比較的柔らかく、ガルグイユの弱点とも言える場所だった。痛みに耐えられなかったのか、ガルグイユは悲鳴をあげながら己の頭を振り回している。赤に近い色をした背骨の部分はいくら殴っても傷一つつけられないほどに硬い。その部分が、彼女に迫る。危ない、と声をかけようとした矢先、ガキン、と音が響く。彼女の持っていた斧とガルグイユの背中が拮抗している。その華奢な見た目からは想像できないほどの力でガルグイユを圧倒し、その体が数メートル後ろに吹っ飛んだ。
「……すげえ」
思わず感嘆の声が漏れる。彼女は吹っ飛ばしたガルグイユの姿を追いかけ、間髪入れずに斧を振り下ろした。そこはちょうど顔に当たる部分で、ここもまたガルグイユの弱点のような場所だ。的確に弱点を狙い、それでいて圧倒的力で押し返す。その戦い方は潔く、清々しく、そして綺麗だった。
「神が殺せ、と言っているのです」
−−−GYAAAAAAAAAAAAA
耳を塞ぎたくなるような悲鳴をあげ、ガルグイユはその場に倒れた。先ほどまでの喧騒が嘘かのようにその場が静まり返る。殺気が漏れ出した彼女の後ろ姿から目が離せなかった。
「どちらさまかしら」
「っ、」
驚いてもたれていた木からずり落ちるようにひらけた場所に出た。彼女の翡翠の目が一つ、こちらを見据えている。
「いや、その、魔物の声が聞こえたから来ただけっつーか……」
まさか自分の存在がバレているとはつゆとも思っていなかったせいで受け答えがしどろもどろになる。よく見ると先ほどまで斧の形をしていた金属の武器は燭台に変わっていた。
「あら、そうなの。でももう終わったから大丈夫よ」
「ああ。見てた。すげえな、アンタ」
「神の力ですから」
片目が妖艶に微笑む。そうか、噂の……。
「なぁ、アンタなんていうんだ? 今度俺と手合わせしてくれよ」
「ええ、構いませんよ。私はマーセオ、と申します」
丁寧にお辞儀をしながら名乗る彼女に、先ほどまでの面影はない。これは面白くなりそうだ、と思いながら右手を差し出した。
マーセオちゃん(@hanaich)とクオリア