因縁の始まり


「クオリア・エルベールだな」
 突然目の前に立ちはだかった巨体に驚きつつも立ち止まった。見上げても会ったことのない人物で、なぜ自分が呼ばれているのか全くわからなかった。
「……そうだけど」
「俺はレイ・H・クロンツェだ。初対面で申し訳ないが、これから訓練場に来い。模擬戦に付き合え」
 あまりにも傲慢な言い方にムッとする。その表情からはなんの感情も読み取れないが、突然模擬戦に付き合えなんてさすがに失礼だろう。
「そもそもテメェ、誰だよ」
「……聞いていないか」
 レイは一つ、諦めたようなため息をついた。
「お前の養父、シュヴァリエ・エルベールの姉の息子。つまりお前の義理の従兄弟だ」



「ただいまより、クオリア・エルベールとレイ・H・クロンツェの模擬戦闘を行う! 両者、準備はいいか」
 戦闘学の教師が張り上げた声が訓練場のドーム内に広がった。この訓練場は円状になっており、360度観客席がフィールドを囲んでいる。先ほど俺とレイが入ってきた入口が一つある以外、この空間に出口はない。観客席とフィールドの間に障壁等はなく、さらにその上の階にはガラス窓の見学スペースがあった。
「準備ならいいけどよ……。本当になんなんだよ、マジで」
「準備がいいのならスタートするが、クロンツェ、お前は大丈夫か」
「……ああ、俺は大丈夫だ。始めてくれ」
 短くレイが頷いた。その余裕そうな顔も腹が立つ。突然こいつと廊下で会ってから十分弱。無理矢理腕を引かれてこの訓練場に連れてこられた。散々騒いだせいで顔見知りや野次馬が何人か観客席や見学スペースに立っている。
「相手を死亡させる、後遺症が残るような攻撃は禁止。それを行なった時点で退学の可能性もあると考えること。では……」
 教師が息を吸う。

「開始ッ」

Dia della terra, Dia del cielo. Dare quel beneflcio(天の神よ、地の神よ。我にその恩恵を与え給え)
 突然唱えられたその詠唱がレイの翼を輝かせ、その質量をより非現実的なものにした。一瞬ひるんだものの、もう戦闘は始まっているということだ。右手で鉄パイプを握りしめ、真正面からレイに向かっていく。
「よく分かんねぇけど……」
 レイは最初の詠唱以降全く動かない。レイまでの距離、1メートル。一歩、大きく踏み込み鉄パイプを振りかざしながら飛びかかった。
Fioritura di fioriterra(咲き乱れし土の花)
「なっ」
 体のバランスが崩れる。とっさのことに受身を取り、転がる。レイの詠唱により、土が隆起し大きなこぶのようなものとなって俺の体にぶつかったのだ。フィールドの端まで飛ばされたが、転がりながらも姿勢を立て直し、その場にしゃがんだ。
「何を惚けている?」
 レイが手を動かすだけで隆起した土は形を変えながらまるで一つの波のように俺の方へ向かってきた。とっさに右に避け、追ってきた土の上に飛び乗った。そのまま動く土の上を駆け抜け、またレイに近づいていく。
「……甘い。Piaggiove il suolo(雨垂れ土を穿つ)
 次の一歩を、と踏み出した足の下に地面はなかった。そのまま土の中に落ちる。
Iron Maiden terralia(土の処女)
 落ちた土が筒状に変化し、レイの手が握りしめられると同時に土の筒が俺の体を圧迫していくようだ。
「ちっくしょ……っ」
 なんとか動く腕だけを動かし、鉄パイプを圧迫する土に突き刺した。少しでもこの形状を崩せば……! 鉄パイプをそのまま形に沿って頭上まで上げる。すぐに補充される土の隙間に手を突っ込み、腕の力だけで抜け出した。
「……もう終わりかと思ったが」
「っ、テメェ、なめてんじゃねえぞ……!」
 俺が今なぜここにいるのか。なぜこいつと戦っているのか。何一つ、わかることはないが、自分がなめられているということだけは十二分に理解した。戦う理由なんて、それだけでいい。地面に足をつけたと同時に鉄パイプを握り直し、レイめがけて走り出す。
Fioritura di fioriterra(咲き乱れし土の花)
 さっきと同じように土の形状が意思を持った生き物のように変化し、俺を追ってくる。交わしていてはレイに近づけない。何か、考えろ。
Scuotendo la terra(揺れる大地)
「うわっ」
 突如地面がゴゴゴゴゴと音を立て揺れ始めた。その揺れは徐々に大きくなっていき、もはやまともに立ってはいれられないほどになっている。……でも
「こんなもん、地面に足つけてなきゃ気にならねえ!」
 進路を変え、観客席の方へ走り出す。助走さえつけられれば少しの間は宙に浮ける。その間にレイを仕留める。
torreggiante muro di terra(聳え立つ土の壁)
 観客席の手前の土が盛り上がった。そのまま土は何かに引っ張られるかのように天井に向けて大きく伸び、行く手を阻むように壁ができる。もう一度方向転換。走る。いく方向に壁ができた。壁ができたのならないところに行けばいい。レイの詠唱よりも早く、ない場所にたどり着けばいい。何か、何かないか。打開する策が。
 ふと、レイの背後に目がいった。この空間は一面が柔らかい土で覆われているはずなのだが、そこにはその下のコンクリートがむき出しになっている。……ああ、そういうことか。
 この魔法は全部、ここの土を使っているのだ。無尽蔵というわけではない。少なくとも、限界がある。地面の揺れが止まった。レイを見ると、顔が歪んでいる。俺を追っていた土の波は徐々に細くなり、数本の糸のようになって俺を捕まえようとしている。土の壁は遠くのものから徐々に土に戻りつつあった。
 しめた。
 その場で一歩、ダン、と地面を踏みしめ飛び上がった。観客席の手すりを掴む。バネにしてもっと高く飛ぶ。土の壁の上が見えた。壁の天井に手をつけ、宙返りする形で壁を超えた。
 その瞬間は、一瞬で永遠のようだった。
 俺の体が土の壁を超えたと同時に土の壁が全てなくなった。俺を追っていた土の糸も本来の姿に戻る。俺の体はすでにその時、レイに迫っていた。あと3メートル。あと2メートル。右手に握りしめていた鉄パイプを振り上げながら落ちていく。レイは目を見開き、俺から目を離さず口だけ動かした。
Il nostro alter ego(我が分身)
 驚愕の声ですら、出す暇はなかった。
 レイを守るかのように土の中からレイにそっくりの姿をした土の人形らしきものが生まれ、俺の攻撃を受け止めた。
「ちょこまかと……!」
 俺の攻撃を受けた土人形はすぐに崩れ、土に戻ったが、俺の周りにはすでに何匹もの土人形が出来上がっていた。鉄パイプを突き刺せばすぐに壊せるものの、ここに土があれば無尽蔵に精製できるだろう。どうにかしなければもっと増えるかもしれない。考えろ、考えろ。
 レイを見る。険しい表情は変わらず、睨むように俺を見ていた。その体は指一本、瞬き一つ動かすことはない。その間にも土から土人形は生まれ続けていた。
「おい、レイ!」
 返事はない。土人形の攻撃性は特になく、強いていうなら動きを止めるためだけなのかもしれない。めちゃくちゃに暴れながら言葉を続ける。
「テメェが、なんでいきなりこんなことしようと思ったのかはわかんねえ! だけどな、クソ野郎の娘だと思われてることが一番ムカつくんだよ!」
 レイの動かない表情が微かに動いた。
「テメェみたいに一歩も動かず人を追い込む奴が一番嫌いだ! あのクソ野郎だってそうだ! 人を動かすためならテメェが動け!」
「……お前に何がわかる」
 レイの微かな声と同時に、土人形は全てその場で崩れ落ちた。そうか、これを動かしてる時レイは動けないのだ。倒れこむように間合いを詰める。土人形から引き抜いたばかりの鉄パイプを振りかざして迫った。1メートル。
 一瞬、焦ったかのようなレイの表情が見えた。口が動き始める。
Il nostro una spada(我が主の剣)
 俺の目はしっかりと捉えていた。土が蠢き、レイの手に吸い込まれていく。そこには一瞬のうちに剣が出来上がっている。レイは半身を引き、突きの体制に入った。このままじゃ、レイの方が早い。レイに向けていた鉄パイプを振り下ろした。その先が刺さったのは、レイの脳天ではなく地面。そのまま反動を利用してレイの頭上を飛んだ。首に腕をかけ、背中から首をホールドした。
「終了! エルベール、手を離せ」
「うぃ」
 パッと離す。首にぶら下がっていた状態の俺の体が地面に着地する。レイは不愉快そうに首をさすった。先ほどの剣は知らぬ間に土に戻っていた。
「……まぁ、合格点だ」
「なにのんきなこと言ってんだよ」
「何?」
 その場にしゃがむ。レイの股の間から刺さっていた鉄パイプを抜く。わずかコンマ一秒ののち、レイの首元に俺の鉄パイプは突きつけられていた。
「実戦じゃテメェ、死んでるぞ」
 瞳孔の開いたレイの目が見開かれ、俺を睨んでいた。俺も奴から視線を外さない。お互いの指先一つでも動けば、俺かレイのどちらかは死んでいるだろう、と思えるほどの緊張感が場内を包む。
「エルベール」
 たしなめるような教師の声に空気が一気に崩れた。ため息をつき、立ち上がる。服についた土をはたいて伸びをした。
「んーっ、わかってるっつの。で? レイ。お前は満足かよ」
「ああ。初めて見た時はなぜシュヴァリエさんがお前のような女を後継に選んだのか、わからなかったが……」
 クソ野郎の名前を突如出され固まる。心底嫌いだった。その名前も、あの出で立ちも。
「少しだけ、わかった気がする」
「……そうかよ」
 鉄パイプを引きずり、入り口のドアへ向けて歩いていく。背中にレイの視線を感じながら。もう一度鉄パイプをぎゅ、と握った。

レイとクオリア、最初の話