祈り

クオリア
雪下りの街



「ねえくおりん、ほかの誰かにお花、あげちゃいやだ」
 受け取った花が手の中でかすかに音を立てた。口元をうずめて視線を雪原へ落とすミケの横顔を少し呆然としながら見つめていた。
 少しだけ、気づいてしまったことがある。ここに来る前いろんな人に話を聞いて、わかっていることから目をそらしていることに気づいた。初めてだからとわからないふりをしていた。どうしようもない独占欲からマスカレードでわざわざ別人になりすましてカードを渡したのにも関わらず、いもしないダーリンを探すミケにほんの少しだけ、否、かなり、複雑な感情を持ってしまっている。
「あー……」
 なんと返せばいいのかわからなくて俺も視線をそらした。その言葉をどう捉えればいい? もとより花をあげる相手などミケ以外にいない。どうせならダーリンの正体は俺だと言ってしまおうかとすら思っていた。下手な期待を持たせてしまったことを今はひどく後悔している。ミケが楽しそうに、どんな人かなあ、なんて考えているのを隣で見ているのは苦しかった。俺なんだよ、ごめん、と一言言えばいいのに、どこか嫌われてしまうのではないかという恐怖に支配されて何も言えなくなる。いつもそこで止まってしまう。
 変な沈黙が訪れる。俺とミケの間では経験したことないような少し重い沈黙に耐えきれなくて周囲を見回した。一面真っ白の世界に生徒たちの影がまばらに浮かんでいる。ミケはよくこの白の中から同色の花を見つけられたな、なんて関係ないことまで考えていた。
「あ」
 ふと瞳の端にきらめくものが見えた。もしかしたら欠片かもしれない。このちょっと居心地の悪い空気を打破するにはいいかもしれない。その場にミケを残して一筋のきらめきを頼りに雪の中を進んだ。深く沈む足は雪に飲まれて歩きにくい。
「……花……」
 そこにあったのは欠片ではなかった。一筋の露が滴る白い花。風情のない俺にとってはどこにでもあるような花に見えた。この花の名前を俺はもちろん知らない。けれどこれが、俺の花であることはすぐにわかった。後ろからゆっくりついてくるミケの気配を感じながら手早く花を手折る。
「ミケ!」
「わ、な、なに?」
 勢いよく振り返って手に持った白い花を目の前に突き出した。目を丸くしたミケがぱちくりと瞳を瞬かせる。その瞳がゆっくり花と俺を行き来した。
「……これ」
「なんだよ、いらねーのか?」
 思わず口をついて出たほのかな嫌味に頬が緩む。未だに迷っているかのようにミケの瞳は左右に動いた。
「い、いる」
「はい」
 ミケの手をとって、その手の中に花を握らせる。二人の手がまるで神に祈るかのように重なった。困惑しながら、それでも心底嬉しそうな表情へと変わっていく。
「……へへ、えへへ、くおりん」
「ん?」
「ありがと!」
 重なった両手は一瞬で溶けて、その代わりミケの体が重なった。至近距離から飛びついてきたミケの体を支えられなくてそのまま今度は俺が下に、倒れ込んだ。
「……どーいたしまして」
 腹の底から笑い声が漏れだして、真っ白な世界に二つの笑顔がほのかに咲いた。

雪下りの街/アングレカム
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