学園に戻ったら、会いたい人がいる。置いて来た愛しい人。学園ならきっと安全だし、彼女にこの崩壊した国を見せなくてよかったとほんの少しだけ思った。そこまで弱い人じゃないことは知っているけれど、彼女はとても優しい人だから。
ゲートが開いた報せを聞いて立ち上がった。周りの不穏な空気に思わず飲まれそうになった精神を叩き直し、彼女の顔を思い出す。もうすぐ会える。
大丈夫。
*
土を蹴る。水場はとうに超えて来た。変わり果てた学園は、地獄という言葉がよく似合う。彼女の姿を探していた。どこにいる、ミケ。無事でいてほしい。あたりの生徒も、元生徒も、目に入らなかった。握りしめた鉄パイプで道を遮るものはなぎ倒していく。
彼女の名前を叫ぶ。人目など憚ってはいられない。怪我をしている生徒を何人か見た。彼女は、ミケは、弱くはないけれど、戦えるとは限らない。
それは何か、第六感のようなもの。足元が揺れる。……くる。
浮遊魔法を使用してそのまま上空へ飛び上がった。俺を追うように巨大な虫が土の中から現れる。口が真下にいた。ワンテンポ遅ければ確実に足の一本くらいは食べられていただろう。危なかった。
「クオリアちゃん!」
目の端にピンク色が映る。胡散臭い野郎。でも、その能力が見た目以上であることは知っている。仕込み杖からレイピアを抜き取り、巨大な虫へと突き刺した。ダメだ、それだけじゃ多分、こいつは。レイピアを横に凪いで腹を割ったものの、虫はすぐさま地中へ戻った。地上に降り立ってクローバーの元へ行く。すぐに理解した。ちょうど俺たちの足元でそれはうごめいている。
「大丈夫かい?」
「ハッ、余裕だ。……倒した方がいいな」
「急がば回れってやつだね」
事情を察したのか否か、含んだ笑顔で彼は言った。若干イラっとしたが今はそれどころではない。むやみやたらにワームを切り刻んでも倒せるとは限らない。クローバーはレイピア、俺は鉄パイプ。物理攻撃の威力は弱い。
「どうする」
「とにかく叩いてみるかい?」
「こっちが消耗するだけだろ」
「冷静な判断力は残ってるみたいだね」
「テメェ喧嘩売ってんのか?」
「いや。ただ、焦ってるみたいだからね。命落としかねないよ」
うるせぇなわかってるよ、と言おうとして口をつぐんだ。やっぱりこいつはわかっていたらしい。わかっていないのは俺の方だ。ため息をついた。早まっている心臓の動きを抑え、今度は深呼吸する。
「……わかってる」
虫は未だ地中でさまよっているようだ。騒ぎを聞きつけたのか、生者の匂いを嗅ぎつけたのか、先ほどまで無視していた元生徒たちがわらわらと集まって来ている。
「土の中と土の上、両方同時は難しいな」
「ワームが次に出てくるまで、これを片付けようか」
「おう!」
自然と背中が合わさった。互いの獲物を握りしめる。たどたどしい足取りでこちらへ向かってくる元生徒へ鉄パイプを振り下ろした。鈍い音がして、鉄パイプの先で骨が砕けたのがわかった。そのまま地面に叩きつける。右からきた個体のからだにそのまま右腕を横に薙ぐと、いともたやすく体は崩れた。脆い。こいつらは数が多いだけでそこまで防御力はない。
「クローバー! めんどくせえ、ワーム取り出してもいいから全部まとめてどうにかする方法考えろ!」
「無茶言うね!」
合わせていた背中はやがて少しずつ離れていく。いつもの動きをお互いがしているはずなのに、倒しても倒しても湧いて出るそれらが全てを邪魔している。土が時折隆起していて、いつ虫が出てくるかもわからない。どうすればいい。
「クオリアちゃん!」
「あ!?」
「土をまとめて剥がす。カウントで飛んでくれ!」
は? と言う前にすでにカウントは始まっていた。群がるゾンビを殴る。蹴る。捌き切れない。
「三、二、一……飛べ!」
背後にいたゾンビの頭に鉄パイプを突き刺し、反動で飛び上がった。浮遊魔法を発動する。体が軽くなって空中でもバランスがとれはじめる。
「……なかなかいいんじゃねえの」
浮遊魔法はほとんど使ったことがなかったが、勢いでやればなんとかなるのがわかった。自画自賛しているうちにクローバーの魔法は始まっている。言葉の通りにあたり一帯の土を布状にして動かし始めた。地響きから始まり、端がめくれていく。ゾンビが蠢く表面を風呂敷のようにまとめて包み込むと、中の奴らを握り潰すように手を握った。ぐしゃ、と音が何重にもして中にあった腐った肉体が潰れていくのがわかる。
それだけじゃない。
剥がした地面の下に見えたのは先ほどの虫だった。全長は未だ確認できないほどに長い。突如光を浴びたおかげか、それはむくりと起き上がった。金属加工の時間はない。
「レイピアよこせ!」
脊髄反射か、彼は自身の獲物を投げた。代わりに鉄パイプを放る。投げられたレイピアめがけて宙を舞い、柄をつかんだ。ワームまでの距離はそこまでない。首がもたげられ、体は動こうとしている。ここで決める。両手でレイピアを握りしめる。浮遊魔法に集中し、体をコントロールした。
「……死ね!」
横向きにレイピアを構え、とっさにその刃をさらに鋭利にした。もたげた首の横を浮遊魔法にブーストをかけて通り過ぎる。腕にワームの肉がスライスされる感触があった。一瞬の間の後、ズルッと首が切れ目からずれて落下した。ずどん、と地面が鳴る。
「……おわ……ったか?」
「そうみたいだね」
クローバーの声がして振り返る。ぱちぱちと拍手している彼の背後に撃ち漏らした影が揺れる。危ない、と声を出そうとしたとき、彼は空から降って来たそれを手に取った。
流れるように俺の鉄パイプを取るとそれを背後の影めがけて突き刺した。動きが停止したゾンビがそのまま背後に倒れる。ずるっと体から鉄パイプを抜いてクローバーはこちらをみやる。
「……やっぱお前ムカつくわ」
「心外だなぁ」
その場に残ったのは、えぐれた地面と数多の死体だけになる。
ワーム共闘
クローバーくん @sick_oekaki